三輪山・御室山・泊瀬
三輪山の背中には、この秀麗な山をだきかかえるようにして、御室山がどっしりと構えている。この御室山からは豊かな泊瀬(初瀬)川が流れ出していて、その水源のあたりは縄文時代からの祭祀の中心地になっていた。つまりそこには何か別の名前で呼ばれていた可能性もある「シャグジ」の神が祀られていた、と推定される。
御室山附近の知識を持ち合わせていないけれど、この記述から想定できるのは、泊瀬川の水源あたり、縄文時代の祭祀の中心地であり、「「シャグジ」の神が祀られていた」のは、「あの世」との境界であり、標高82mの御室山がそれに当たる。これに対して、標高867mの三輪山は遠隔化された「あの世」に当たる。
「「翁」は「三輪」と同一の構造を持つ」と中沢が言うとき、ぼくたちの言葉でいえば、「あの世」への境界、「あの世」、遠隔化されたあの世からなる世界の構造を指している。
もうひとつ、金春禅竹の心意を代弁して、中沢は伊勢外宮の高倉山を指摘している。
「伊勢」においても、光の神は外宮の背後の山に穿たれた洞窟を通じて、根源の底に触っていた、だから「伊勢」も「翁」と同一体なのだ、というのが禅竹の言いたいことだったと、私は推測する。
これは、高倉があの世であり、伊勢の海の彼方が遠隔化されたあの世だとうことになる。
中沢は書いている。「国家の先に出現するものの本質を、なんとかして見通してみたいと考えている。そのときいちばん必要とされるのが、国家の原理が作動していない社会に生きるとき、人間はどんな思考、どんな身体感覚、どのような姿をした超越または内在の感覚がふさわしいのかをあらかじめ描き出しておく、想像と思考実験なのである。」
これはぼくなどが、「あの世」と「かつてのあの世」と境界探しに夢中になる理由を言い当てているようにも聞こえてくる。
中沢新一 『精霊の王』
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント