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2016/07/20

「ニライカナイの原像」2

 琉球弧の精神史をたどるなかで、しばしば吉成直樹の『琉球民俗の底流』を読み返すことになる。問題意識が重なることが多い。

 今回立ち止まるのは、中本正智がニライカナイを「土の屋・日の屋」と解したことに対する吉成の理解だ。

 オモロが謡われる時代になるにおよんで、「みるや」「にるや」は太陽と王を同格とみる考えによって、太陽がそのなかの中心的な位置を占めるようになったが、本来、太陽には関係なく、単に万物の源泉である「土の中」を意味する言葉であったとみなすのが、最も整合的ではないかと考える(後略)。

 としている。

 八重山、宮古の民俗語彙では「ニーロー、ニーラスク、ニーレイスク、ニッラ、ニッザ」などはすべて地下の世界を表現している。吉成によれば、カナイ系の語を使うのが沖縄島を中心とする地域であることは、カナイ系の言葉(日の屋)が、琉球王国の成立前夜、王権が大きな意味を持つようになって以降に関連づけて考えるべき言葉であることを示している。

 しかし、前花哲雄は、石垣島のこととして、ニーラスク、カネーラスクという言葉を挙げていた。これは、古くからニライ系の言葉とともにカナイ系の言葉もあったことを示唆するものだと思える。

 そう理解するとしたら、八重山、宮古の民俗語彙でカナイ系を欠くのは、欠けていったことを意味するのではないだろうか。その理由は、「太陽」の意味が変わってしまったからだ。変わってしまった意味から、太陽は王権と結びつけられることになる。

 8/10のカフェではこのことまでは言及できないと思うけれど、「太陽」の意味の原像に向かって、「土の屋・日の屋」の意味を解きほぐすところまでは行けると思う。

 

『琉球民俗の底流―古歌謡は何を語るか』

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