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2016/07/04

葬法とシャコ貝 4

 安座間原第一遺跡の41号男性や木綿原遺跡の9号男性など、シャコ貝をまとった人骨の意味は、多良間島の胞衣埋めと同じだと見なせばいいようだ。

 41号男性は、伏臥で頭部のまわりに、9号男性は、頭部と全身にシャコ貝が置かれていた。ことに41号男性は、頭部を包むように両側にシャコ貝が置かれているので邪霊と解されてきている。

 ここに多良間島の胞衣埋めを置けば、そこでは胞衣は、シャコ貝のなかに入れて土中に埋めている(『村誌たらま』I)。これは41号男性の埋められ方と瓜二つだと言っていい。どちらにしても、人のモノ送りの儀礼だと見なせる。霊をあの世に返すのだ。

Photo_2

 遺体にシャコ貝が伴うのは、前4期から後期のはじめにかけてのことだ。立地も岩陰か砂丘になっている。前4期から出現するのは、「あの世」が生み出されてからの時期と矛盾しない。人間に先立つものはシャコ貝だった、あるいは人間はシャコ貝から生まれたという観念は、地の島のあの世と結びついているのかもしれない。とにかく、海辺に住居を構えるようになって、見い出したトーテムはシャコ貝だった。

 三島格は、「としや名護から寄よんてやり聞きゆる、首里と名護境(さけ)にあざ貝(け)植えらな」という恩納節を引き、「これは当時、アジケーが呪物の一つとして使用されていたことの投影であろう」(『貝をめぐる考古学―南島考古学の一視点』1977)と書いている。ぼくたちが注目するのは、シャコ貝を「植える」と表現していることだ。多良間島では人間に先立つものとして「アズカリ(シャコ貝)とブー(苧麻)」があり、シャコ貝は植物とセットで語られている。これは、シャコ貝が、サンゴ礁に生えたものと見なされていたことを示唆している。

 ということは、シャコ貝トーテムの位相には、

 ・土中から出現するという地下他界の要素
 ・シャコ貝は植物と似ている
 ・シャコ貝は子宮や卵に似ている

 の二重性が見られることになる。

 動植物との親縁関係を多良間島の神話にちなんで蛇、シャコ貝、ブー(カラムシ)の三つに象徴させてみると、蛇は不死の段階に対応し、人間とは不即不離の関係にあって、かつ人類的な広がりを持つので、部族を区別するトーテムと呼ぶのはふさわしくない。一方で、植物も部族間に共通性を持つのでトーテムとは呼びにくい。そう考えると、シャコ貝をトーテムとすることのなかには、トーテミズムの解体の兆しは既に入っていることになる。

 アマンに「脱皮」を見たとするなら、シャコ貝には何を見ていたのだろうか。

世界の他の乾いた不毛の土地でもそうであったように、雨と穀物の成長と豊穣と、貝との関連性は、メキシコの図像学でも道理のかなった不変の主題となっている。巻貝-海のカタツムリとも呼ばれる貝-は、月の女神の徴章であり、豊穣や成長と関係がある。海のカタツムリの像で、月と女性の性器の両方が象徴されている。古くからの注釈者は、この両方を類推して〈カタツムリがその貝殻から出てくるように、人間は母親の子宮から出てくるのだ〉と述べている。(ジェイン・F・セイファー『海からの贈りもの「貝」と人間―人類学からの視点』)

 これを参考にすれば、シャコ貝に見い出していたのは、生命を産出する子宮ではないだろうか。

 こう見てくると、アマンに見い出していたのは「脱皮」だけではないことも見えてくる。ヤドカリの背負う貝殻も見ていたのだ。

 また、シャコ貝が「子宮」であり、サンゴ礁が「胞衣」であるとするなら、サンゴ礁自体もシャコ貝が生み出したと考えられていたのかもしれない。それは、貝を割って出た神が世界を創造したというタヒチの神話と通じている。

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