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2016/06/28

「「野生の科学(Wild Science)」とは何か」(中沢新一『熊楠の星の時間』)

 昨年のたしか12月にサンゴ礁学会での講演を聴きに行ったので、当日を反芻するように、中沢新一の「「野生の科学(Wild Science)」とは何か」を読んだ。ぼくは、そのとき脱稿間近だった『珊瑚礁の思考』を、琉球弧の「野生の科学」として書き上げるつもりだったので、講演はひときわ印象に残っている。

 サンゴ礁ほど、このような試みにふさわしいフィールドもありません。生活圏の中にサンゴ礁を抱えた人間は、他の自然環境に暮らす人間以上に、絶え間ない努力をつうじて自然領域と人間領域の間をつなぐ、正しい適切な構造をもった関手を「発明」してこなければならなかったからです。のちほど詳しくお話ししますように、サンゴ礁の環境はおどろくほど豊かで、気が遠くなるほど複雑ななりたちをしています。そういうサンゴ礁の自然環境に、自然なかたちでつながっていける思考の形態は、どのような形をしていなければならないか。これが本日「野生の科学」に解答の求められている問いです。

 中沢はそこに、「個物は個物のままなのですが、その個別が個物性を超えて全体性につながり、個物がすべての他の個物と相即して、相入するようになります」と、南方熊楠のモデルを借りて話すだのだが、直感的に言ってもこれはサンゴ礁を表わすのにふさわしい。『珊瑚礁の思考』の核も、それを含んだものになるのだろう。

 「生活圏の中にサンゴ礁を抱えた人間は、他の自然環境に暮らす人間以上に、絶え間ない努力をつうじて自然領域と人間領域の間をつなぐ、正しい適切な構造をもった関手を「発明」してこなければならなかった」とある。これなどは、言われなければ気づきにくいことだ。それというのも、サンゴ礁を抱えた人間は、ノーメンテで自然の贈与にあずかることができるから、出身者であるぼくには、「なんくるなさいー」的な島民性ばかりが目についてしまうのだが、たしかに言い換えればこれは、観察を大に要請した自然でもあるということだ。ぼくたちはそれを取り戻さなければならないのだろう。しかしそれはむしろ希望だ。

 「正しい適切な構造をもった関手」(ファンクター)についていえば、胞衣をサンゴ礁として、貝を女性器として見立てたことが自然領域と人間領域をつなぐ最大のファンクターになった。島人は自然を通じて自身を理解した。しかし、一方でサンゴ礁は胞衣と、貝は女性器と似ていることに島人は気づいた。なにしろ今でも、サンゴ礁の海は、お腹のなかにいるときみたいだという感慨を送って寄越すくらいだから、サンゴ礁期の島人なら、猛烈に感じただろう。

 つまり、島人は一方で、スデル(脱皮する)動物をトーテムとしながら、他方では、何もないところから霊力の流れによって子供が生まれる不思議さを、豊かな「寄り物」が寄ってくるサンゴ礁の不思議さに重ねて、生命を理解するようになっていた。これは、限りない喜びを島人にもたらしたことだろう。しかしその一方では、この理解は人間がスデル存在ではないという認識への一歩にもなったと思える。

象徴的「関手」はそうやって言語が分離した単位どうしの間に「類似性」を見つけて、つなぎあわせたり重ね合わせたりすることによって、新しい意味を発生させるのです。

 ぼくたちは、サンゴ礁の名づけのなかに興味深い事実を発見したのではないだろうか。そこでは、言語が分離した単位どうしの間に「類似性」を見つけたのではなく、ひとつながりのなかの別の形のものに名づけをするために、言葉自体をメタモルフォーゼさせて新しい意味を発生させている。ユナ(砂洲)、イノー(礁池)、ヌー(澪)、スニ(もうひとつのサンゴ礁)、イヤ(胞衣)、ザン(ジュゴン)、そしてウル(サンゴ)などがそれだ。これは霊力思考による名づけの発生を示しているのかもしれない。

 島人の存在の根っこには渚がある。渚の向こうにサンゴ礁がある。島人は、サンゴ礁を通じて、それと身体を分かちがたく結びつけながら、生活思想をつくりあげていったのだ。いやそれは身体思想とも言うべきものだ。 


『熊楠の星の時間』

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コメント


  おはようございます。

 労働で疲れて、読みたい本でも、開くとすぐ眠くなる。

 目先のことで精一杯ですが、
 
 お互い 頑張りましょう。
 
  自治公民館長としてやりたいことがあったので、立候補したら 認めてもらえました。
 オオゴマダラが魂をはこんできてくれて、
助けてくれたようです。

投稿: 泡盛 | 2016/06/28 08:32

泡盛さん

自治公民館長のこと、ツイッターで見ておりました。おめでとうございます。オオゴマダラのことも、本当にうれしいです。

はい、わたしもがんばります。

投稿: 喜山 | 2016/06/28 10:44

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