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2016/06/09

「二つ世の境目」(柳田國男)

 柳田の飛島の記述は続いていた。

たとえば羽後の飛島の賽の河原でも、海を隔てた鳥海の尊い山の姿は、今も昔のままに高々と仰がれるのだけれども、そこに島人の古い先祖たちが、永く留まっているということを考える者はなくなって、ただ単純なる霊山の信仰のみが残っている。ほかの多くの海ばたの町や港では、精霊送りと称して舟に数々の燈火を飾り、沖に押し流す行事だけは発達しているが、これはまた無縁の万霊を供養して、善処に赴かしめるという方に傾いてしまって、空から峰への通い路ということには心付かず、あの世は遥かなる地平の外にあるもののごとく、想像する人ばかりが多くなって来たのである。(中略)ともかくもこの新旧の二つの考えには、大きな結果のちがいが伴のうていた。一方は何度でも帰って来て逢える。他の一報は去ってふたたびこの国ではめぐり逢わぬ、行いて還らに死出の旅であった。すなわち別れの悲しみは先祖たちの世に比べると、さらに何層倍か痛切なものになっているのである。

 これを読むと、鳥海山が霊山と見なされているのであれば、飛島では、「あの世」は、御積島から鳥海山へ遠隔化されたというように見える。けれど、「あの世は遥かなる地平の外」ということにも説得力があって、ニライカナイと同様、海上他界という見なしもあったのではないだろうか。その方が自然にも思える。

『柳田国男全集〈13〉』

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