『宗像大社・古代祭祀の原風景』(正木晃)
今のところ当たりをつけるほどの意味しかないが、玄界灘の真ん中にある「沖ノ島」は、「あの世」の島の系譜に入るようだ。
ここは「神の島」と呼ばれ、「四世紀の後半から一〇世紀初頭に至るまで、六〇〇年近くにもわたって、祭祀がいとなまれつづけ」た。それは、遠隔化される以前の「あの世」の島として聖地だったからだと考えられる。
ただし、「沖ノ島」は、九州島から見えるわけではないので、最初の「あの世」の島だったのではなく、遠隔化される途上あるいは最終的に遠隔化された「あの世」だったと考えられる。
縄文期の遺跡からは、ニホンアシカの骨が出土する。それ以外の「魚骨や貝殻がまったく出土していない」。そして、現在でも「沖ノ島」は女人禁制としt知られている。これは、「沖ノ島」が、ニホンアシカ猟を伴う男子結社の成人儀礼の場所だったことを示唆していると思える。
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