« 「いとうみはやみり」と「暇乞い」 3 | トップページ | 「沖縄採訪記」(折口信夫) »

2016/05/09

ジュゴン儀礼の幻視

 食べるということは、食べられるものと一体化するということ。「獣の腹の中にいた者は、そこから帰還したとき、呪術的な能力、特に獣に対する支配力を授けられるのである。帰還した者は偉大な狩人となる」。つまり、「獣がその手に身を任せる」ということ。

 この思考が農耕の段階になると、「大蛇の腹の中で大地の稔が発見される」ことになる。

 動物に呑みこまれること、大蛇のいる池で水浴すること、あるいは「海に呑まれること」や投げ出されることにさえ交替する(後略)(ウラジーミル・プロップ『魔法昔話の起源』)。

 これらの記述に誘われると、ジュゴン儀礼では、少年が海に放り込まれる。その後、ジュゴンを食したということだ。
 

|

« 「いとうみはやみり」と「暇乞い」 3 | トップページ | 「沖縄採訪記」(折口信夫) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/87956/63181711

この記事へのトラックバック一覧です: ジュゴン儀礼の幻視:

« 「いとうみはやみり」と「暇乞い」 3 | トップページ | 「沖縄採訪記」(折口信夫) »