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2016/05/14

トゥマ島とみみらくの島

 トロブリアンドの島人にとって、「あの世」の島であるトゥマ島は生活の場でもあることをマリノフスキーは書いている。

 生活の場としてのトゥマは、キリウィナの原住民たちがときどき出向く村である。トゥマ島とその隣りの島々では、海亀の甲羅や、大きな白い子安海(Ovulum ovum)が夥しく採れる。事実この小島は、キリウィナの北部及び東部の村々にとって大切な装身具用品の主要な産地となっている。だからトゥマ島には本島から男たちがよく訪ねて行く(『バロマ』)。

 面白いのは、トゥマでは、「バロマに関わりある経験を何もしたことがない者は、ほとんどいなかった」ことだ。「ある期間トゥマに滞在する者が、自分の死んだ友人たちの誰かを見かけるのは何の苦もない」。そのことに「わずかの疑念も抱いてはいなかった」。

 男たちが酋長とトゥマ島へ出かけたときのことだ。上陸したところには一人の男が立っていた。一行はすぐに彼が、偉大な勇者で最近亡くなった男だと分かった。彼らが近づくと男は消えたが、そのときはっきりと、「さよなら」という声を聞いたのだ。

 これはまさに「みみらくの島」のことだ。

 いづことか音にのみ聞く、みみらくの島隠れにし人をたづねむ

 トロブリアンドの島人は、こうしてトゥマ島で会うほかに、「自分で死者の国を訪れる特殊な能力をもった人々を介して、バロマともっと親密に触れ合える」(『バロマ』)。

この世の中に生まれ出たすべての子は霊魂の変形によって最初ツマにおいて生まれでたものである。(p.135『未開家族の論理と心理』)
セリグマン教授は、「この世はもともとトゥマから移住してできたものだ。男と女はトピレタ(死者の島の首長-引用者)トピレタによって上界へ送り出され、トピレタ自身は下界にとどまった」という物語さえ採取していた。(『バロマ』)

 トゥマ島は、すべての始まりなのだ。

 生と死が区別の段階に入ると、境界が発生する。だから空間が分割される。それとともに直線的に進む時間の概念が生まれる。


 

 

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