「南西諸島における神観念・世界観の再考察」 2
昨日の視点に立つと、「常在神とオボツ神の同一性と山中他界」で考えたことを更新できそうだ。改めて、ヨーゼフ・クライナーの「南西諸島における神観念・世界観の再考察」を辿ってみる。
神人衆が行なう祭祀は、「神山」と「ミャー(広場)」に集中する。神山は、特定の山ではなく、「やま」や「もり」を一般的な名称に過ぎない。つまり、神山には、かつての他界も遠隔化された他界も混在するということだ。
聖地は三つの形態に分類できる。
1.ウボツ(オボツヤマ)ないしウガン(オガンヤマ)
2.イヤンヤ
3.イベ(イビガナシ)
1.ウボツ(オボツヤマ)ないしウガン(オガンヤマ)
加計呂麻島の裏に、高くそびえる山の一箇所はウボツ(オボツ)カミヤマ。いちばん近い裏山あるいはいちばん高い山。一本ないし数本の古木があって、根元に線香と水が供えられる。村から離れている場合には、なかなか登れないので、遠方から拝むだけ。
この神は、天に坐す男性の一柱、七柱。天からウボツカミヤマの木に降りて、神道を通ってミャーに迎えられる。
2.イヤンヤ
このカミヤマでは、岩や洞窟のなかに「昔の人の人骨」が散らばっていて、地下他界の入口に通じると言われる。
3.イベ(イビガナシ)
イベは山よりも村に近い。ミャーに接する平坦地の小さな林か藪、その中の空地にある拝所。形態は珊瑚岩で積んだ小高い塚、石で囲まれて一段高くなった土台と木、または自然石。イヤンヤ神山とちがって、神聖化されても怖れられてはいない。村を常時守る神の観念が結びつく。
カムムケー(神迎え)は旧二月の壬の日に浜辺とトネヤで行われる。その日、村を訪れるウボツガミとネリヤの神、ナルコ・テルコカミは七番目の壬の日(旧四月の中の壬の日)まで、すなわち、六十日間、トネヤに滞在そ、オオーリ(お送り)のとき、それぞれの他界に帰る。
つまり、「ウボツガミ」と「ネリヤの神、ナルコ・テルコカミ」はそれぞれに遠隔化された他界の神ということだ。前者は、山として、後者は海上として。つまり、加計呂麻島では、他界は海上と山と二重に遠隔化されたことになる。
また、山として遠隔化された他界の場合、天上の他界の観念を発生させやすかったことになる。
琉球弧の場合、
1.かつての「あの世」:地先の島(あるいは平地)、遠隔化された他界:海上はるか彼方
2.かつての「あの世」:地下、遠隔化された他界:底知れない地下
3.かつての「あの世」:地先の山(あるいは平地)、遠隔化された他界:高い山の山頂付近
これら、あるいはこれらの混合が現われることになる。
1-2の場合。遠隔化された他界は、海底になる。
また、
1-3の接続として、
1.かつての「あの世」:地先の山(あるいは平地)、遠隔化された他界:海上はるか彼方
があり得ることになる。国頭の例がこれだ。1と3は地上の他界として位相同型だから、この転換があり得ることになる。
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