« おのころ島と淡路島 2 | トップページ | 「ゆな」と「よな」(『方言俗語語源辞典』他) »

2016/03/19

「ヒルメとアマテラス」(谷川健一)

 また、議論の中身自体に深入りはできないけれど、気づいたことだけ記しておく。谷川健一は、「ヒルメとアマテラス」のなかで、淡路島について触れている。

 仁徳帝が、朝夕淡路島の清水を酌ませて「大御水」としてのは、日用ではなく、聖水だった。仁徳帝が淡路に聖水を求めたのは、「淡路が応神・仁徳王朝の古い出身地であるということである」としている。

 しかし、これまで見たところからいえば、淡路は出身地なのではなく、「あの世」の島として聖地だったということだ。

 これまで言われてきたようにイザナギ・イザナミの国生み神話は淡路島を中心としたものであった。イザナギは島の神で、履中帝や允恭帝が淡路島に狩猟をしたということではなはだしく不興を洩らす。ということは恐らく淡路の海人だったのであろう。

 不興を買ったのは、「淡路の海人」だからではなく、淡路島が「あの世」の島で聖なる地だったからだ。

 こうしてみるときに淡路島にまず日光感精説話を背景とするヒルメの信仰は足がかりを得て根づいた。だがしかし日神崇拝が淡路から東進して伊勢に到達したとき、東方をたっとぶ聖地の信仰は確立した。そうしてかつての聖地とされた淡路島は今度はその位置を逆転せざるを得なかった。

 ぼくは詳しくないけれど、淡路から伊勢への流れは、移動に伴う「あの世」の位置の移動を少なくとも含んでいると思う。

|

« おのころ島と淡路島 2 | トップページ | 「ゆな」と「よな」(『方言俗語語源辞典』他) »

コメント

喜山荘一様

こんにちは、沖縄の古勝です。
兄・弟がいつもお世話になっております。

「珊瑚礁思考」拝読させていただきました。と、申しましても私にとりましては、相当にハイレベルな書物でありましたもので、「読んだ」というよりは、「感じた」という方が正しいかと思います。しかしながら、私自身はあまりないのですが、私の周りには、不思議な体験をした人が多くおります。ご存じかもしれませんが、特に兄に関してはかなりな体験をしてます。
徳之島の叔母さんは、亡くなった叔父さん(旦那)が、今でも生きているかのような「話ぶり」をします。数年前、その亡くなった叔父さんが私の夢に出てきて、「ありがとうな、早人」と言ってたのです。その事を叔母さんに話したところ、「あいや、ヒロぐわぁは、沖縄に行ったんだね」と。

沖縄在住の知人が、「やどかりの夢」という絵本(最近発売)の制作に加わってます。これも何かの「縁」かなーって思ってます。

これからもお付き合いのほど宜しくお願いいたします。

古勝早人

kogachihayato@gmail.com

投稿: 古勝早人 | 2016/03/19 16:13

古勝さん

イベントにお越しいただき、またお読みいただき、ありがとうございます。「感じた」というのは、いちばん嬉しい読まれ方です。叔母さんのエピソードも、いいですね。

「やどかりの夢」、読んでみたいなぁと思います。

投稿: 喜山 | 2016/03/21 08:21

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/87956/63069537

この記事へのトラックバック一覧です: 「ヒルメとアマテラス」(谷川健一):

« おのころ島と淡路島 2 | トップページ | 「ゆな」と「よな」(『方言俗語語源辞典』他) »