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2016/03/09

文字の考古学者、弓削政己を送る

 弓削政己さんの訃報を受け取る。心づもりしておかなければならないということが不謹慎に思えて考えの外に追いやっていたのが露わになり、不意打ちのように動揺して、心の落ち着きどころが見い出せない。そういう時間が続いている。

 弓削政己の仕事は、百年のまどろみのなかで停滞している奄美の歴史に史実を突きつけるものだった。誰に頼まれたわけでもないのに、学者という職業的安定があるわけでもないのに、史料があると分かれば、東京であれ筑波であれ場所を厭わず参じて、古文書を読み解き、論文として公表してきた。その領域は、薩摩直轄時代の奄美、祝女の史料にはじまり、支庁問題、三方法運動、黒糖、大島商社、大島スキーム、ユタ、郵便等と多岐にわたる。

 発掘を通じた彼の仕事は、差別観にまみれた奄美の島人の認識に対して見直しを迫っている。しかし、弓削自身はそれを島人に突きつけるように提示するのを好まなかった。その静かな語り口は、モノに忠実であろうとする考古学者のように抑制的で、かつ、島人の気持ちを逆撫でして傷つけたいわけではないというように優しかった。それは島人らしい人柄を思わせるものだったが、そのことは彼の研究が穏やかだったことを意味するのでは全くない。誰に頼まれたわけでもない、経済的な保障があるわけでもないなかで行なわれる発掘作業には、鬼気迫る激しさを感じないわけにいかない。

 しかも、発掘から得られる「文字」はひとつの「事実」を提供する。その「事実」のピースを奄美の通念のなかに投げ込むと、ぼくたちが抱いているかすかな疑念が揺らぎだし、通念自体が疑問符のなかに叩き込まれる破壊力があった。だから、弓削政己の行動と言葉を失うということは、奄美大島が巨大な重心を失うことのように思えてくる。これから奄美はどうしていくのだろう、ぼくたちはどうすればいいのだろう。

 島に住んでいるわけではないぼくの弓削さんとの交渉は浅い。けれど、父亡き後に知り合い、年齢も近いこともあって、父の面影を弓削さんに重ねるように見ていたところがある気がする。昨年の九月、母の葬儀を終えて東京に戻ったときに、お電話をいただいた。両親を亡くしたことを伝えると、弓削さんは、いつでも視線を送ってくれた存在が無くなったとき、風が直撃してくるみたいにとても不安になったと、自身の経験を語り、慰めてくれた。それが最期のやりとりになった。

 これから彼は、奄美の郷土史家として知られていくことになるのだろうか。そうには違いないのだけれど、弓削の方法を思えば、「文字の考古学者」という言葉がぼくにはやってくる。それは単に研究の方法というにとどまらない。あくまで「文字」を求めるという姿勢そのものが、文字史料が乏しいと言われる奄美の通念に激しく抗うものだった。ぼくは文字なき時代の心の考古を追おうとしているので、領域は必ずしも重ならないかもしれない。けれど、抗いをいとわない熱量は、引き継げると思う。

 いや、かわしてはいけないのかもしれない。弓削さんは、史料の発掘と論文の公開というだけではなく、それら資料の共有ということにも心を尽くした方だった。道はきみたちの前に拓けている、決して塞がっていない。そう彼は言っているのだ。それは弓削政己さんからの、無償の、心からの贈り物だ。

 その姿勢は、彼が発掘した「事実」に対しても向けられたものだったろう。弓削が、発掘した「事実」から新たな「解釈」を揚々と施すのではなくそこにためらいを見せたのは、島人や鹿児島に対する配慮からばかりではない。本質的にいえば、それは遠慮すべきことではないことだ。そうではなく、発掘した「事実」が意味することを紐解き、そこに繋がっている別の事実たちとの関係を捉え直すには、考古学者が行なう編年のような緻密な編集と、諸関係を結ぶ世界観が要る。単に、たとえば「差別はあった」を「差別はなかった」に置き換えれば済む話ではない。弓削は自分の発掘した「事実」ピースの前に何度も立ち尽くしたことがあるに違いない。彼は、その「事実」の重みに誠実であり、どう理解するかは、後に続く者たちへ委ねたのだと思える。

 委ねられたぼくたちはとても心もとない。しかし、奄美という少数者のなかに弓削政己がいたことを誇りに思う。それは励ましとなってぼくたちのなかに生き続ける。弓削さん、ミヘディロ、トートゥガナシ。

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