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2016/03/16

本土ヤポネシアのヨナとしての胞衣

 谷川健一は、立石半島では胞衣をヨナと呼ぶと紹介している(『日本人の魂のゆくえ: 古代日本と琉球の死生観』)。

 ぼくが調べたところでは、奈良県大和高田市でもそう呼ばれている。

 ヨナ(胞衣)は土瓶の手を取ったものに入れ、他の汚物とともに自家の墓、もしくは便所の入口、またはその年のアキの方に埋めた。埋められたヨナの上を最初に踏んで通ったものはその子を恐れるようになる。ヨナを埋めた上を多くの人に踏まれるほど、子は丈夫になり頭もかたくなる。ヨナとともに男女それぞれ筆墨・針・糸などを添えて埋めておくと、その子はそれぞれの道に堪能になるといわれる。(『改訂 大和高田史』)

 また、高知県北川村でも。

 胞衣(ヱナ、当村ではヨナと呼ぶ。
ヨナの始末は大切に取扱う。ヨナはハンド(褐色に焼いた瓶)のなかに入れるか、ボロ布に包んで床の下に埋めるか、あるいは年中日の当たらない、たとえば大きな木の下、あるいは墓地の片隅にハンドに入れて埋める(後略)。

 『日本の通過儀礼』でも、「エナ(胞衣)は、アトザン(後産)・ヨナ・ノチザンなどともよばれる」とあるので、本土でもヨナ呼称はそれほど珍しくないのかもしれない。

 『大阪伝承地誌集成』では、「胞衣はヨナとも読め、夜泣きに通じるとして生じた俗信」と書かれているが、これはおそらくそうではない。

 琉球弧でも、ヨナと呼ばれることがあるのは、サンゴ礁海を意味するヨナとの同一視からくると、ぼくたちは考えてきた。そうだとすると、それを知っている人々の北上が、大和にその名を残したことになる。ヨナの冒険は本当に胸が躍る。それは、砂を起点に、米にもなれば胞衣にもなった。

 そうやって気づく。「本土でもヨナ呼称はそれほど珍しくないのかもしれない」と書いたが、それはそうだ。エナ自身がヨナ由来だからだ。


『日本人の魂のゆくえ―古代日本と琉球の死生観』

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