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2016/03/08

「サンゴの島々からの不思議な、贈り物」

 B&Bのトークイベント、「サンゴの島々からの不思議な、贈り物」を終えた。『珊瑚礁の思考』をめぐってまとまった話しをするのは初めてで、つっかえつっかえではあったが、ひと通りお伝えしたいことは口にすることができたと思う。

 それは、琉球弧の死生観という意味では、トーテミズムと再生があり、そして高神や来訪神が出現するまでは(厳密にいえば、洞窟が塞がるまでは)死者の存在が身近にあり、「あの世」も実在の場所として身近にあったということだった。柳田國男は山中他界に、折口信夫は海上他界にこだわった。吉本隆明は、それらを踏まえるととともに、アイヌに見られる洞窟に着眼して、霊魂の行き先を、洞窟、山、海(または海、山)として段階化してみせた(「詩魂の起源」)。これを琉球弧の精神史からみれば、洞窟は境界としてあり、その先に山や海や地下の身近な「あの世」があることになる。この場合、地下や山、海は同位相にあり、後先は問わず、山と地下、海と地下は同時に存在しうる。

 その構造と段階を垣間見せてくれるのが、琉球弧の魅力だ。そしてそれを伝えられることが、琉球弧から本土への贈り物ではないかと、今回は考えてみた。また、『霊性の震災学』で見られる幽霊や、墓、慰霊碑に対する新しい向きあい方などは、琉球弧の死生観から見れば、縄文の心の噴出に見えるということも付け加えた。それは、「未来の縄文」なのかもしれない。

 それにしても、松島由布子さんが石垣島から運んでくれてみなさんにお渡しすることができた珊瑚石と、下地暁さんの「伊良部とうがに」がよい導き手となってくれた。仲程長治さんの、琉球縄文の島人と同じ眼で見ているような写真と、手で触れられる珊瑚石、下地さんの「伊良部とうがに」は、メッセージをより体感に近づけてくれたと期待したい。ぼくとしては、参加してくれたみなさんが、マイ・トーテムを見つけたり、故郷の縄文期の人たちが、どこに境界と「あの世」を考えていたのか探究に乗り出してくれたりしたら、とても嬉しい。

 今回の手応えからすれば、『珊瑚礁の思考』×画像(映像)×音楽というテーマは今後も追求できそうだ。終了後、映画監督の古勝敦さんと、「あの世」がニライカナイとして遠隔化する前の島の世界について話せたのも楽しかった。この世界を復元してみることで、古くて新しい物語が紡ぎだされるのではないかと想像すると胸が膨らむ。

 さて、当日のプレゼンテーション資料をアップしてみた。何を話したかはここからは分からないけれど、画像集として雰囲気は見てもらえるのではないかと思う。

 また、この企画を立ちあげてくれた大川雅生さんにお礼を申し上げたい。とーとぅがなし。


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