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2016/03/30

葬法とシャコ貝 2

 葬法にともなうしゃこ貝について、もう少し肉薄してみる(cf.「葬法とシャコ貝」)。

Photo_2

 目を引くのは、安座原の41号、32号、木綿原の1号のように、頭の位置に置かれたシャコ貝だろう。特に、安座原のものは、頭部の両側を包むように配置されているのが、特異な印象を与える。木下尚子は、そこから「死霊の捕獲・封入の呪具」とみなしたわけだ。

 しかし、多良間島の創世神話のように、シャコ貝をトーテムと見なした例があること、伏臥という特異な姿勢があるとはいえ、伸展葬であること、1~3は、貝塚時代4~5期にかけては、生と死が、移行のなかの区別の段階にあることを踏まえれば、これは「あの世」への移行と再生への道程をスムーズにする、ちょうど「水」と同じ役割を果たしたものだと思える。

 松本孝幸は、「シャコ貝よ、傷を癒せ」のなかで、木綿原の9号について、新たな所見を加えている(「南島考古 第24号」2005年)。

 研究のために人骨を借用している際に、頭骨に陥没を見つける。それは攪乱や落石によるものではないらしい。頭蓋骨以外の骨には異常が認められない。

 今回報告した一例は、シャコガイが伏せられていた部分に、骨の異常が認められたので、このシャコガイは患部を癒そうとして置かれた可能性が高いと推測できた。本来このシャコガイは頭部の傷を覆うように伏せられていたものと思われるが、軟部の腐敗が進行する過程でやや鼻根部の方へずり落ちたものと考えられる。

 木下の報告では、「眉間」と書かれたいた箇所だ。松本は、「南西諸島では埋葬時に身体の一部を貝で覆うような葬法が見られる。ある種の貝のもつ特殊な力を信じて、被葬者の身体的な障害や異常を癒そうとしたのかもれない」としているが、妥当だと思う。

 頭部の両側をシャコ貝で覆うのは、エリアーデが「生誕と再生のシンボリズム」が当てはまり、そこには女性器との類似性が大きく預かっている。この段階では、生から死への移行と再生はともに考えられていたのであれば、死者への配慮と再生がその中身に当たる。

 シャコ貝はその後、「石」としての機能を併せ持ち、また十字としても見られるので、境界性の意味を強め、魔除けの意味を強めていくが、それはやつした姿であって、過去に遡行する視点からいえば、シャコ貝を「辟邪」から解放すべきなのだと思える。


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