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2016/02/14

「あの世」の島の系譜のひとつとしての「アロウ島」

 与那覇せど豊見親のニーリの一節。

 にいら島 下りてぃゆ  ニイラ島に下りていき
 あらう島 下りてぃゆ  アロウ島に下りていき
 にいら太陽 御前ん  ニイラ太陽の御前に 
 あらう太陽 御前ん  アロウ太陽の御前に

 この対句について、谷川健一は、「ニイラ島、アロウ島はあの世(後生)を指す」と指摘している。

奄美大島ではアロウ島は、瀬戸内と呼ばれる入海をへだてカケロマ島のことであると、昔、古老たちは言っていたという話を、金久正から聞いたことがある。また登山修もカケロマ島の住人は、自分たちのことをアロッチュと呼んでいると報告している。チュは南島語で人のことであるから、「アロウびと」ということになる。奄美諸島の用路島の人びとは対岸の枝手久島に死者を運んで捨てる風習のあったことが伝承されているが、奄美本島の人びとが死者を舟で運び、カケロマ島に葬った時代があったのではないか。

 八重山の新城島もアラスクと発音されているが、アロウスクに関連すると思われる。アロウスクはニールスクに対応する語であるが、ニールスクから現世に来訪するニールピトは、荒ぶる神であった。ということからして、アロウスクも祖霊とも妖怪とも神ともつかぬ荒ぶる霊の住む島であったことがうかがわれる。つまり「アロウ」は「荒び」という語と関連があると考えられるのである。

 加計呂麻島がアオロウ島と呼ばれたことは、「奄美本島の人びとが死者を舟で運び、カケロマ島に葬った時代があったのではないか」ということとは関わりなく、加計呂麻島が「あの世」の島である可能性を示している。

 この「アロウ」には、「荒び」の意味があるかどうか分からないが、少なくとも「加計呂麻」という地名には、後で付加された名称だ。だがそれは、新城島のように、島名となるまでには至らなかったと考えられる。

 昔、アラと呼ばれた国頭の安田も、この系譜に属するかもしれない。


『谷川健一全集〈第5巻〉沖縄1―南島文学発生論』


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