謎かけと胞衣笑い
中沢新一は、「笑い」について、こんなことを書いている。
不思議なことに、人類の社会では大昔から、笑いの芸能というものは、生と死が混在する機会や場所を選んで演じられるもの、という暗黙の決まりがあった。笑いを誘う人類最古の芸能と言えば、「謎なぞ」のかけあいにつきるが、これなどは生者と死者が同じ場所に集まる、お通夜の席でなければ、やってはいけないことになっていた。
謎なぞでは、日常の場面では、遠くに離しておかなければならない事柄が、既知の働きでひとつに結び合い、まるで生者と死者が同じ場所にいる、お通夜と同じ状態をつくりだしてしまう。だからふだんから謎なぞをかけあうなんてもってのほか、目の前に死体がおかれているお通夜のような状況でなKれば、人類は笑いの芸能を封印しておこうとした。(『大阪アースダイバー』)
ここで、琉球弧で「笑い」が生れる習俗を見てみる。「臍継ぎと胞衣」だ。
臍を継ぐ事を「プスチナグン」といい、カッティ婆さんが竹のヘラ用のもので継いだ(切った)。臍は子供が七つになる迄母親が大切にして置き七つになると子供に見せて庭に埋めたという。
その臍を埋めた場所には「ホーブン」という草を植えた。現在はやらないが、子供が物心ついて臍のそれを見せたら、子供の物覚えが良くなるといわれたという。
「イヤー」(胞衣。胎盤)は潮の満つ頃を見計らって、カマドの後方に「ウベギー」の汁をかけて埋める。「ウベギー」とは里イモの根ごと煮た食物のことである。
で、ここからが笑いに関わる。
その時、カマドの方から杖を持って壁をつつき、「ウマンティ、ガッサイ、ピッサイ、スシヤ、ヌーガ」(そこでガサゴソするのは何かしら)と声をかける。
カマドの後方、雨だれの落ちる「アマダイ」の壁際では、「ウマヌ アンシーメーが、クワナチ、イャードゥ ウスンドー」(こちらのお母様が子を産したので、胞衣を埋ずめているんだよ)と返事をする。そして皆でドーッと笑う。その笑いが上手な程生れた子が笑い上手になると言われている。
なお「アマダイ」、雨だれの落ちる所に埋めると「ショボショボ目」になると言われ、アマダイの内側に埋めるようにする。(『おきなわ・大宜味村謝名城の民俗』新城真恵,1985)
ここでは、「謎なぞ」の意味は失われ、ただの「問いかけ」になっているが、その余韻は持っているとみなしていいだろう。そしてここに「笑い」を現出させている。この場は、通夜ではなく、その真逆の生誕の場面だ。しかし、生とと死を移行の段階まで遡れば、そこでは生誕と死は同じ意味を持つから、ここでの「笑い」の意味も、中沢の言うことに接していると思える。ここでは、「世」の霊力を現出させるときに「笑い」の呪力が生かされているのだ。「笑いが上手な程生れた子が笑い上手になる」は、意味が不明になったところで考えられたもので、もともとは子に人間としての霊力を付与する儀礼だったと思える。
また、胞衣を「アマダイの内側に埋める」のは、この習俗が死者と共存した段階で生み出されたことを示すのかもしれない。
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