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2016/01/15

「ゆなたま」あるいはジュゴンの位相

 「ゆなたま」あるいはジュゴンの位相を探ってみる。

 生命の根元である水は原初的な物質であり、そこに泳ぐ手足をもたぬ鰻や蛇は、混沌から生まれた最初の原初的生命を意味する。鰻や蛇は多くの民族で水そのものと同化し、海上を到来する光とも重なり合って、水の霊と観念される。水霊の引き起こす洪水や津波は、このような水界の霊的存在による浄化である。さらに洪水や津波に呑まれることは、蛇や大魚に呑まれることと同義である。しかし人間を攻撃し、呑み込む動物は腹に富や作物を宿す。それは洪水や潮汐が危険であると同時に、生命を育むという永遠の自然サイクルを象徴したものと思われる。

 本来、蛇や鰻が担うべきポジションに、「ゆなたま」が位置を占めているのは面白いと思う。琉球弧でも、「物言う魚」が鰻であったもおかしくなかったはずだ。

 位置づけの曖昧な動物、つまり両義的動物は重要な象徴的役割を担う。鰻、蛇、鰐はいずれもそれにあたる。その形態や生態、あるいは居住形態が特異性を示すのである。またこれらの動物は人間と同じくらい、あるいはそれ以上に大きな個体が存在する”メガ・ファウナ”である。そのため、半獣半人のイメージが生まれやすい。さらにこれらの動物は人間に危害を加えることがある一方で、何らかの意味で福徳をもたらす霊的な存在とされ、しばしば人間の祖先ないしトーテムとも見なされる。たとえば日本の民俗においても、「蛇は山と水界(海)につながりをもち、破壊者(地震、洪水、暴風)であると同時に、富をもたらすものでもあるという両義的性格を帯びている」。そのような境界領域的存在が霊的存在、あるいはタブーの対象となることは一般的なのである。

 この両義性は「よなたま」も持った。あるいはここでは、はっきりとジュゴンがモデルとなって、「半獣半人のイメージ」が形成されてきた。ただし、ジュゴンはメガ・ファウナではなく、トーテムにもならなかった。祖先にしても限定的だったと思える。それは、琉球弧では、脱皮する生き物がトーテムになってきたからだ。

 

後藤明 『「物言う魚」たち―鰻・蛇の南島神話』


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