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2015/12/26

『沖縄のジュゴン』(盛本勲)

 盛本勲の『沖縄のジュゴン』はたくさんのヒントを与えてくれるように思う。

 琉球弧のジュゴン出土数は、奄美諸島5(うち与論島1)、沖縄諸島88、宮古諸島6、八重山諸島11。この分布について、盛本は書いている。

 ジュゴンの天然分布からみれば、奄美諸島が北限にあたることから、少ないことは首肯できるが、より天然分布域に近い地域に位置する宮古・八重山諸島が沖縄諸島より少ないことはどのように解釈すれば良いであろうか。

 この問いに対して、要因は一元的ではないとしながら、発掘調査件数の少なさや調査規模が小規模であることを理由に挙げている。この本より前に発表した出土資料から、出土数とぼくたちが注目している縄文期に該当するものをカウントしてみる(新石器時代とあるのは、含めた)。

 奄美  5(3)
 沖縄  79(47)
 宮古  8(3)
 八重山 9(5)
 (「ジュゴン骨に関する出土資料の集成(暫定)」2005年)

 宮古、八重山の出土構成比率は、17%。縄文期に限定すると14%とさらに下がる。

 端的に言って、これは、宮古、八重山では、食さない傾向があった、あるいは食するのは限定的であったことを示しているのではないだろうか。

 また盛本は、沖縄北部地域でも出土数が極めて希薄であることも指摘している。この要因についても、盛本は同様の見解を示している。ぼくはこれもまた、この地域で食さない傾向があった、あるいは食するのは限定的であったことを意味するのだと思える。

 古宇利島では、縄文後期のものが確認されているが、「歯(?)」とあるのみだが、ここには「海馬」の交接を真似て性交したという始祖伝承がある。島袋源七は、漁師はジュゴンが捕れたら浜辺で食べて家に持ち帰らないとしていた。また、大宜味村の海神祭では、ジュゴンは「神の乗り物」となっていた。

 また、蝶形骨器について、「ペンダント、ヘアピン」などの見解も示されているという。これは知りたいものだ。金関恕(1997)は、「人の遊離しやすい魂をつなぎとめる、という精神文化に関わるものであろう」としていると言う。これも調べてみよう。

 一方、ジュゴンの骨は「かんざし」として用いられていた。これも興味深い。

 骨輪もある。単独とふたつを組み合わせた複合のものと。骨製の腕輪の場合、成人の男性が腕にはめるのは、並大抵のことではない。細いからだ。そこで、その苦痛を通して、パラオでは酋長の権威を示すものにもなった。

 琉球列島における単独使用骨輪タイプの出土例は、いずれも観階級社会の縄文時代に帰属している。
 このため、酋長のようなリーダーが存在した階級社会ではなかったことから、パラオ例にみるような権力の誇示を目的とした使用法ではなかったであろうが、いずれにしてもその大きさ等から、大人の腕に嵌めるために、手の甲を通すのは容易ではなかったであろう。

 成人の男性が嵌めるのは大変だったろう。しかし、女性であればどうだろうか。琉球弧においては、原ユタであるシャーマンがつけたのではないだろうか。

 ジュゴン猟については、亀川安兵衛が仲宗根久武から聞いた話と伊波南哲の報告が載っている。谷川健一が記していたのは、仲宗根の話だと分かる(cf.「もの言う南海の人魚-儒艮」(谷川健一))。伊波南哲の話も出典を探してみよう。

 新城島の上地、下地の両島の御嶽には、奉納されたジュゴン骨が積まれていた。

 上地島 東御嶽(アールオン)、ザンヌオン、イショウ御嶽(オン)
 下地島 七門御嶽(ナナゾウモン)、イショウ御嶽(オン)

 と複数で呼称されている。両御嶽とも荒らされてしまったが、下地にはジュゴン骨が残っている。千余りの破片を復元したところ、少なくとも91頭の奉納が確認された。

 「七門(ナナゾウ)」というのは、この御嶽には放射状に七つの門が広がっていることに由来するが、これは、「海からジュゴンが上がってくる入口が多いことから」、そう呼ばれているのだという。

 2009年、ペルシャ湾の小島アカブで、b.c.3500~3200頃とされる遺跡が見つかる。それはジュゴン骨が奉納された礼拝所と見られる(cf.The oldest sanctuary in Arabia is discovered: a dugong bone mound on Akab Island)。同様のものは、オーストラリア沖でも数百年前のものが発見されている。きっとトレス海峡だろう。盛本は、この遺跡を新城島の御嶽と関連づけて考えているが、その通りだと思う。位相はずれていて、御嶽以前の聖域とアカブ島の遺跡は対応する。新城島の御嶽と奉納されたジュゴン骨は、貝塚の後身の姿だ。

『沖縄のジュゴン―民族考古学からの視座』


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