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2015/12/02

アボリジニの霊の三分割

 改めて読み返してみても、アボリジニには霊魂という概念は明瞭には現れていない。

 海岸地帯に暮らすアボリジニの部族は例外なく、沖合に自分たちの島を持っている。また内陸部に住む多くの部族も同じような島を描いており、その島こそ、死者が最初に赴く先と考えている。さて、アボリジニは、一連の浄化儀礼を経ることで、体力、美貌、知性のすべてにおいて絶頂にあったころの「状態」へと戻ってゆく。死者の島は、天空の旅への出発点であり、その終着点が宇宙なのだ(p.474)。

 これを読むと、「島」から「天」へと他界は移行したように見える。他界は遠隔化されている。それはつまり、生と死は分離されているということなのだが、そうは見えない。

 そうは見えないというのは、たとえば、ここではトーテムとの連関は失われていない。

 1.トーテム霊

 身体を支える生命の源にまつわる霊。この「生命の源」は、生命と動植物種の霊の生まれ故郷ともいうべき「地上の場」であり、人の血統と密接な関係にあって、一生を通じて滋養を吸い上げてきた源である。人が死ぬと、かつてはその精神と肉体とに宿っていたトーテム霊は、儀礼を通じて、動植物をはじめ、岩、水、陽射し、火、木々そして風といった生命維持には不可欠の自然霊へと立ち返る(p.462『アボリジニの世界―ドリームタイムと始まりの日の声』)。

 そして、天へ行くのは、「先祖霊」だとされている。

 2.先祖霊

 「ドリームタイム時代の想像力溢れた偉大なる先祖と共鳴する」。「不変の「超自然的元型である」ドリームタイム時代の先祖」が支配する領野とは、天空にある「死者の国」にほかならない(p.462)。先祖霊は、夜空の特定の位置に輝く星座へと赴く。

 「来世の生活ってのはどのみち、現世における最終狩猟生活そのものなんだよ。ただ天空には獲物はもっとたくさんいるんだがね(p.470)」。

 この「先祖霊」として、霊魂が明瞭に現われてもよさそうだが、そうは説明されていない。

 3.自我霊

 この霊力は、場所との因縁が強く、妻、夫、親類縁者とはもちろん、道具や衣服といった物品との結びつきも強い。それは人間を有限な特定の対象と結びつけると同時に、個々人同士の関係や個々人が担うべき責任や慶びに結びつける霊力である。

 「自我霊」などは、そう説明されているように、霊力の側面が露わだ。

 「死者の国」という言葉はあり、天にそれを想定しているのだから、「あの世」の概念はある。しかし、「現世には死霊があふれて(p.461)」いるという言葉からは、生と死が移行の段階にあるように見えてくる。

つまりここではあの世とこの世の区別というものはない。世は一つ、この村だけであり、これと異なる他界のことは全然考える必要がない。神は常にここにいて下さるのであって、神のいないこの世というものは存在しないのであるから、もはや来訪という考え方はないのである。(ヨーゼフ・クライナー『南西諸島の神観念』)

 たとえば、加計呂麻島の神女のこの言葉を本質をとらえたものと見なせば、高神から想定される天界は、天界であっても他界に直結しない。「あの世とこの世の区別というものはない」というのだから。でもこれは「あの世」はないと言っているわけではない。この言葉は、生と死の分離のあとに、地上的な「あの世」を抑圧する言葉としてあった。しかし、それでもというべきだろうか、天に他界は想像されてゆくようになるのである。

 結局、この本で説明される、死による「霊の三分割」とは、霊力の三分割を指している。「霊魂」という概念が生み出されなくても、生と死の分離の段階を経ることはできる。しかし、この場合、死者との共存も区別も、つまり「移行」の段階の様相も残ることになっている。いわば、霊魂は、個々の霊力の運動の裏面にはりついていて、決して前面化してこない。それが、一方で高神の概念を生み出しながらも、トーテムを失っていない理由になっている。

 人間は、「まだ生まれていない者の世界」、「生者と死にかけている者の世界」、「死者の世界」の三領野から構成されていて、「死者の霊はいずれも、この領野をただ一度だけ通過してゆく」。こういうところからは、霊魂思考による時間概念も獲得されているように見える。けれど、霊魂という概念は現れてこない。ここが特徴だし、不思議なところだが、この本の内容に従うなら、アボリジニとは、霊魂概念なしに、生と死の分離を経たケースとして捉えることができそうだ。


『アボリジニの世界―ドリームタイムと始まりの日の声』

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