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2015/11/27

小さなお家

 伊藤慎二は、琉球縄文時代の住居の傾向として、「九州以北の縄文時代の住居址と比較すると、極めて規模が小さい」と指摘している(「琉球縄文文化の枠組」)。「径4メートル以下の水準に集中」し、それは、日本列島の住居規模と比較すると、「最小規模の部類に位置づけられる」として、伊藤は「直径3メートルの竪穴住居」と表現している。

 しかも、壁は珊瑚石灰岩を積み上げ、擁壁状に仕上げており、「明確に掘り込み炉を伴うのは稀」だという。おまけに土器群も小さい。これは、「九州以北の縄文文化の一般的なそれよりも少人数を対象としている」ことを示している。

 ぼくも上野原遺跡で、復元された奄美や沖縄の竪穴式住居群をみたときに、その小ささには驚いたことがある(cf.「琉球列島貝塚時代における社会組織の変化」)。これではせいぜい寝ることくらいしかできないではないかと。

 伊藤は、少人数だったという人数の面を考えている。それはそうだとして、それ以外の面でいえば、狭く炉もないということは、家族の内閉性が強くないことを指している。言い換えれば、対幻想と共同幻想の分化がまだ弱いということだ。

 昔の島の家は積み上げられた珊瑚岩で囲まれていた。あれは、もともと貝塚時代の住居の外壁が外延されたものだ。貝塚時代の住居が、家族の存在を示すものであるところから、寝食の拠点、庭を含めた生活の拠点という対幻想の拡大の過程を、あの珊瑚の積石に見ることができる。

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