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2015/10/03

「家を去る」から「家を去らない」まで

 「「キャンプ地を去る」から「家を去らない」まで」の仮説モデルは修正する必要がありそうだ。

 1.定着1(移行/共存)
 ・死者を家のなかに台上葬で葬り、家族は集落内で家を去る。

 2.定着2(移行/区別)
 ・死者を喪屋で台上葬で葬り、家族は喪屋で殯を行った後、家に戻る。

 3.定着3(分離)
 ・死者を葬地に台上葬で葬り、喪屋を建てない。家族は葬地に通い殯を行う。また、家族は集落内でいっとき家を去って、戻る。


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 柳田國男は二十世紀に入ってから、久高島について、「死人を大に忌み、死すれば家をすつ。埋葬なし。棺を外におき、親族知己集飲す」(『南島旅行見聞記』)とメモしている。

 これは、「家を去る」習俗を残したケースが琉球弧でありえたことを示している。「家を去る」習俗を残したということは、久高島では、「喪屋」は発生しなかったことを意味している。だから、上記の仮説モデルは、「喪屋」を発生させた場合の道筋を示したものだ。久高島では、喪屋への霊力の転移という思考を生んでいない。「死人を大に忌み」というところには、霊魂思考の強度が見られる。それは「死穢」となって表出されているのだ。

 上記の仮説モデルでは、共存、区別、分離の各段階に、「喪屋」の発生と消滅を対応させることになる。

 死者との共存に矛盾の意識が芽生えると、区別の段階に入る。「喪屋」を発生させたところでは、家は生者の家であるという意識として表出される。

 分離の段階に入ると、家は生者の家であることが自明視され、「別火」の習俗を残すのみになる。これは、地上の世界は、生者と神の世界であることに対応する。

 ところが、久高島は母系の神事を長く遺した島でもある。比嘉康雄は、「子供は親(祖先)の生まれ変わりであるから、子供の誕生は命がつづいていくあらわれなのである」(『日本人の魂の原郷』と、久高島の信仰について書いている。久高島が特徴的なのは、一方で、生と死の分離の思考の表現が強いかと思えば、移行と円環の思考もこうして貌を出すことだ。

 久高島の例を例外としないとすれば、上記の仮説モデルも喪屋を発生させた場合の道筋として限定する必要がある。


『南島旅行見聞記』


『日本人の魂の原郷 沖縄久高島』


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