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2015/10/15

「集団的自衛権の行使容認が日本を平和にする根拠」で分からなかったこと

 高橋洋一の「集団的自衛権の行使容認が日本を平和にする根拠」(2015.9.24)は説得的だった。説得的というのは、「集団的自衛権の行使容認」こついてというより、このエッセイがブルース・ラセットとジョン・オニールが"Triangulating Peace" で示した実証に基づいている点だ。

 同書では、1886年から1992年までの膨大な戦争データについて、リアリズムとリベラリズムのすべての要素を取り入れて実証分析がなされている。すると、リアリズムの軍事力も、かつて哲学者カントが主張していた「カントの三角形」(民主主義、経済的依存関係、国際的組織加入によって平和になる)も、すべて戦争のリスクを減らすためには重要であるという結論だった。もちろんドイルのいう民主的平和論も含まれている。

 カントの平和論を見る限り(cf.『永遠の平和のために』エマヌエル・カント)、カント自身が三角形を主張したというより、カントの平和論から抽出された三角形と言うべきなのだろうが、この実証の意味は大きいと思う。

 "Triangulating Peace" の結論については、津守滋が図を引きながら、

Triangle

カントが定立したこのテーゼを吟味し、徹底して実証研究の対象にして、第一次大戦前から現在に至る数多くの武力紛争や戦争の原因の究明を試みたのが、B.ラセットらである。同教授らはその結果をまとめた著作 Triangulating Peace で、「カントの三角形」のチャートを分析の出発点に置き(上記図表参照)、民主主義、経済的相互依存関係、国際機関それぞれが、およびこれら三者間の相互作用が、平和と戦争の問題に如何に作用するかを、膨大な統計を駆使して解明しようとしている。その作業の結果基本的に実証された、「民主主義国家どうしは、まれにしか戦争しない」という democratic peace の理論は、「あまねく(universally)認められているわけではないにしても、一般的には(generally)承認されている」とする。

 と概説しているものでも確かめられる(「イマヌエル・カントの政治哲学の現代的意義 : 『永遠平和のために』を中心に」2009)。

 議論に戻ると、そのうえで高橋は、

軍事力については、(1)同盟関係を持つこと、(2)相対的な軍事力、カントの三角形については、(3)民主主義の程度、(4)経済的依存関係、(5)国際的組織加入という具体的なもので置き換えられ、それぞれ、戦争を起こすリスクに関係があるとされたのだ。これが、国際平和の5条件だ(下の図参照)。

 として、この5つの要素をもとに「国際平和ペンタゴン」の図解をしている。分からないのはここからで、上の概説を見る限り、"Triangulating Peace" は、「カントの三角形」を主軸に展開しているので、このペンタゴンがラセットとオニールが立てたものか、高橋がアレンジしたものなかが、はっきりしなかった。

 高橋は続けて、

 具体的に言えば、きちんとした同盟関係を結ぶことで40%、相対的な軍事力が一定割合(標準偏差分、以下同じ)増すことで36%、民主主義の程度が一定割合増すことで33%、経済的依存関係が一定割合増加することで43%、国際的組織加入が一定割合増加することで24%、それぞれ戦争のリスクを減少させるという(同書171ページ)。

 と具体的な数値やページ数も挙げているので、同書に展開されている内容だとは分かるが、「同盟関係」と「軍事力」を、ラセットとオニールはどういう文脈(たとえば、補足とか、強化、とか現実化)に位置づけて議論しているのだろうか。カントは、『永遠の平和のために』の第三条項で、「常備軍は、時とともに全廃されなければならない」としているので、「軍事力」の条件はそこから見れば後退だ。そのことに対する著者たちの言及を知りたくなる。"Triangulating Peace" は翻訳されないだろうか。原書を取り寄せるしかないか。

 高橋は、“Triangulating Peace”について、「国際政治・関係論の中にあって、すべての考え方を統一的にとらえた最終理論のようにも思える」として、

(1)同盟関係については、対外的には抑止力を持つので侵略される可能性が低くなるとともに、対内的にはそもそも同盟関係になれば同盟国同士では戦争しなくなるから、戦争のリスクを減らす。

 と書いている。これも理解できるが、それでは、その同盟関係の相手が、戦争という手段に訴えてでも民主主義を強制する国家であった場合、「集団的自衛権」により「戦争のリスク」はどれだけ高まるだろうか、という疑問が残る。あるいは問いはもう少し先で、アメリカが世界の警察を止めようとしていることが、どう作用するのかと考えるべきかもしれない。


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