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2015/10/06

「アジア性研究・母界論2」(青木正次)

 青木正次の議論が示唆的だ。

 母性の自己表出と表現のカラクリは、みずからを食わせるところにある。自然一般に「食う」のをこととする獣が、逆に自分を食わせるという転倒した自己表出によって、みずからを「食物」という観念物に化すのである。世界神話のタームではそれを「食って吐く」といっている。未開の自己表出性である〔食生〕のことで、それが意図的であるとなればすぐに母性という性的な観念に転化する。(「アジア性研究・母界論2」)。

 成人儀礼や秘密結社の加入儀礼で、しばしば「人食いに食われる」という象徴的な死が組み込まれる理由が、頷けてくる。あれはたしかに人類の経験を組み込んだものなのだ。

 一方で、「食う食われる」という関係は狩猟に属する。植物採集の場合、それは「食べ物が与えられる」という関係になるはずだ。これは人間の成長史でいえば、乳児期に該当する。

 こんな母性の産養する自己表出性を語る者、語り手という主体的な自己は、乳幼児の位置に想定されている。子が語る母性の物語である。(中略)もちろん成人すべき王たる神話の主人公スサノヲの位置から、この乳幼児民話を、自己生成の物語として取りこめば、産養する母性の意味は転倒される。母性が子に食を与えるような、原始共同体の自己表現の自然過程は、反対に「穢汚して奉る」侮辱行為のように転倒されて、青年男子に想起される。そのように『古事記』は表現した。母性食与えも、母子別れも自然過程なのに、彼は王への違反表現とみなすので、これを「殺す」という処罰で応ずるのである。自然な表現が、違反行為として罰せられる、というところに、前代の共同性を語る今の共同性の支配的な姿勢がみてとれる。(同前掲)

 青木によれば、これはオオゲツヒメが殺害される本質的な理由に当たっている。

 これは同時に、「性的な媒介による自己」の発生を語ることになる。性と食はここで交錯する。マリンド・アニム族において、男子結社員たちによる女神との性交、殺害、食人が同時に行われる理由もこの辺にありそうだ。

 ・男子結社員たちによる女神との性交 性的な媒介による自己の発生
 ・殺害、食人 食わせることによる母性神の発生
 ・上記ふたつ 性は食の植物的メタファー

 cf.「ハイヌウェレ神話とマヨ祭儀」

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