『魂振り: 琉球文化・芸術論』
高良勉は、琉球語の「ゆー(世)」には重層的で多様なイメージが込められていると書いている。
歴史を「ハダカユー」、「ウサチユー」などと表現してきたこと。宮古の「ユークイ(世乞い)」祭祀では、「豊穣」や「豊年」を意味すること。「ユンテル(豊穣よ、満ちよ)」と唱和され、「ユンクイ・ユンクイ」とはやし立てられる。現在の島唄にも「ユーヤナウレ(世や直れ)」というはやしが繰り返しが表わされること。琉球弧の神人たちは、時間の深度と空間の広さを「クニ(国)、ユー(世)、ウフユー(大世)」の三分法で表現している。
したがって、琉球弧の島ジマの祭祀における祈りの中心に「ユークイ」とか「ユーニガイ」と「ユーヤナウレ」という祈りがあることがわかります。琉球弧の島人にとって「ゆー」は一年に一度、再生してもらわねばならないのです。
すると「ゆー」は過去、現在、未来を包摂する根源的なエネルギーのイメージであることも理解できると思います。また、「ウフユー(大世)」とは宇宙そのものであることも。
ぼくの言葉でいえば、霊力思考が豊かだったときに、反復する永遠の現在と自己と世界が同じことを指していた段階の時空性を「ゆー」と呼んでいると受け止めることができる。
高良は、陶芸家の大嶺實清が、「常に始原に回帰しながら前に進みたい」と語ることを紹介している。思うに、「常に始原に回帰しながら前に進みたい」というのは、琉球弧の島人の生活思想なのではないだろうか。
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