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2015/09/19

『琉球独立宣言』(松島泰勝)

 松島の琉球独立論を追ってきた者にとって真っ先に目につくのは、今回の『琉球独立宣言』では、奄美はその対象から除外されていることだ。

 なお本書では沖縄県を指す言葉として「琉球」を使いました。「琉球」のほうが、国であって時代から現在までの長い歴史と文化をこの島々が持っていたことを示せると考えたからです。つまり、「琉球」は、かつて国であったことを想起させる言葉なのです。琉球文化圏とは奄美諸島、沖縄諸島、宮古諸島、八重山諸島などの歴史や文化を共有する文化圏です。この場合「琉球」は奄美諸島も含みます。しかし、1609年の島津藩の琉球侵略以後、奄美諸島は琉球国から切り離されて島津藩の直轄領になりました。1609年以後の時期において、本文中で使用される「琉球」は沖縄諸島、宮古諸島、八重山諸島を指しています。

 文化圏としては奄美を含むが、「独立宣言」の対象になる「琉球」は奄美を含まない。そのように読める。また、独立のシミュレーションでは、こう書かれている。

 琉球はかつての王国に戻るのではなく、共和制を採用するでしょう。沖縄島、なかでも那覇市を中心に他の琉球の島々が従うという政体ではなく、「一島独立」を理念とする連邦制が島嶼国に適しています。琉球連邦共和国として独立するかどうかは、島それぞれの住民投票で決定されるでしょう。八重山諸島、宮古諸島または西表島、与那国島だけで独立国になるのかもしれません。大きな国になることが独立の目的ではなく、琉球人が死活している島で平和と発展を実現できることが重要なのです。琉球文化圏という歴史的、文化的、自然的な共通の土台を踏まえて独立したいと考える人々が住む各州によって、琉球連邦共和国が構成されます。

 例示のなかでは、奄美は除外されているが、琉球文化圏という括りでは、暗に含意されているとも言える。

 松島は、なぜこのたびの本では、奄美も対象であることを明示しなかったのだろう。この議論に対する奄美側の冷淡、とは言わないまでも、低温あるいは沈黙の反応がそうさせたのかもしれない。また松島が「琉球民族」の存在の根拠とする「琉球国之図」(1750年)には奄美が含まれていないからかもしれない。

 けれど、この点については、独立の構想は、奄美を含めて考えるべきだと思うし、そうしてほしいと思う。

 歴史的事実として過去に琉球国が日本に属しない。つまり領土ではない時期が長期にわたって存在していました。日本の統治時代は1879年から1945年まで、1972年から現在までの109年程度でしかありません。

 同じ文脈に乗れば、奄美の場合は、「日本の統治時代は1879年から1945年まで、1953年から現在までの128年程度でしか」ないのだから。この観点からみれば、いわゆる「琉球処分」とは奄美も含めて捉えられるべきことなのだ。そうした議論が、沖縄のなかでも皆無のように、奄美を対象とすることは、議論をすっきりさせない迂回や負担を抱えこむように映るのかもしれないが、その迂回や負担を忌避しないことを望む。それは、マイノリティは、そのなかのマイノリティを無視するのであれば、マイノリティが抗している相手と同じ態度に過ぎなくなるから、というだけではなく、琉球文化圏という共通性を重く感じるからだ。このことは、奄美内部からの目でなければ、気に留められることもないばかりか、気づかれすらしないだろうから、特に記しておきたい。

 その文化圏の根拠になるものは何か。それは松島によっても言及されている。

 琉球において珊瑚礁を埋め立てて基地をつくるのは今回が初めてです。琉球は珊瑚礁から生まれた島であり、島の住民も珊瑚礁、そのなかに棲息する海洋生物によって生活の糧を得ることができました。(中略)
 イノーを埋め立てることは、琉球という島の母体であり、住民の記憶、信仰、生活の場を破壊することを意味します。(中略)
 琉球人のアイデンティティ形成において非常に重要な場所であるイノーがつぶされることは、自らの手足がもぎ取られることと一緒だと考える琉球人が少なくありません(p.101)。
 琉球の島々は珊瑚礁によってつくられてきました。珊瑚が生きている限り、島もすこしずつ大きなっており、人間のように成長しています。珊瑚の破壊は、琉球の島としての生命の破壊につながります。琉球人の魂のふるさとは珊瑚礁であり、そこでアイデンティティが形成されてきました(p.198)。

 ぼくも琉球弧における珊瑚礁の存在の大きさを同じように認識している。その自然とそれに培われた文化の共通性は、深い根底があると思っている。これに比べれば、琉球王国の存在は軽い。

 しかし、現在の独立構想にとってはそうでないのかもしれない。

 琉球人という民族は、1879年に琉球国が日本政府によって滅亡させられた前後から、王国の復興、独立を求める運動を21世紀の現在まで続けています。これを琉球ナショナリズムと呼びます(p.78)。
 琉球全体の歴史のなかで日本の一部であった時期は、ほんの一時期でしかありません。琉球独自で存在してきた歴史のほうがより長いのです。琉球史の長期波動といえる「琉球独自の時代」つまり「国であった時代」に再び参入しようとしているのが、今の琉球ではないでしょうか(p.159)。

 松島はこうはっきりとは明言してこなかった気がするが、もしこの通りなら、ぼくには響いてこない。当初から琉球独立と聞いて真っ先に感じたのは、いまさら国家?という何ともいえない疲労感だった。というのも、島人は近代民族国家にさんざんやられてきたのではないかったか、という思いが過るからだ。ぼくの感じ方でいえば、国家が存続する限り、島人は場末の辺境として無視されるだろうし、その間、ロクでもない連中が我が物顔を続けるだろう。ぼくたちに光明があるとすれば、国家が廃絶されるとき、廃絶を通告する側に立つその瞬間に、わずかに訪れるにすぎないだろうと見なしてきた。それが、諦念でもあれば希望でもあった。そういう思いを抱いてきたから、改めて近代民族国家を構想することに、飛びつくことはできなかった。

 この態度に、どれだけ島人としての普遍性があるかどうかは分からない。けれど、これは別の視点でみれば、この感じ方は、日本が半身は、ポスト・ナショナリズムの段階に入っていることを意味していると思える。本当は、明言したいが、市民的な感性としてはポスト・ナショナリズムと言えても、ナショナリズムへの回帰を志向する政権が力を振るうところからして、まだ半身と言わざるを得ない気がする。

 ここからみるとき、琉球ナショナリズムや松島が繰り返し強調する「琉球民族」ということ挙げは、とても窮屈に思える。「「琉球と自分は一体である」という自覚を持つ琉球人が増えています(p.90)」と言われると、やはり、待ってくれと言いたくなる。これは、松島に何度か伝えた、国家と市民社会の人々の区別をしてほしいという願いともかかわる。「琉球と自分」を一体視してはいけない。というか、一体になりようがない。

 最近のことでいえば、安倍首相の談話を思い出す。そこにはこういうくだりがあった。

日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。

 ぼくにはこれは詭弁に映ったが、ここが最も評価されたという報道を聞いて、まだそうなのかと思わざるを得なかった。謝罪するのは国家であって、「私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたち」が「謝罪を続ける宿命」は、そもそも背負っていない。現在のぼくたちも背負ってはいない。謝罪すべきなのは、それができるのは国家であって、ぼくたち個々人には謝罪する自由が手渡されているだけだ。だから、これは巧妙な言い逃れだと感じたが、安倍首相やその周辺の原稿作成者たちが真剣に言っているとしたら、日本はまだ、国家と市民社会の人々を同一視する観点から抜け出ていないのだ。ぼくはもちろん談話のことを言いたいのではなく、松島にこの観点に立ってほしくないと言っているのだ。

 国家と市民社会の人々、言い換えれば、日本政府と日本人を区別してほしい。批判の対象になるのは第一義的には日本政府であって、日本人については個別的であるという観点を取り入れてほしいのだ。そして今回の本ではもうひとつ、政治と文化を区別してほしいという提案も加えたい。

 松島は柳宗悦と岡本太郎の「日琉同祖論」として批判しているが、岡本についてこう書いている。

 琉球に対面した岡本は、「何もないことの眩暈」と言って驚きました。しかし実は琉球には近代文明の先端である米軍基地が居座っていたのです。岡本は八重山諸島や久高島など米軍基地が存在しない島々におもむいて、「何もないこと」に感動したのです。琉球を全体的に見ず、自分の先入観にとって都合のいい島を訪問して考えだされた「沖縄文化論」と言われてもしかたありません。岡本は米軍基地を真正面から見据えようとしません。最初から米軍基地を避けて、「原初的な場所」を探し歩くことが意図されていたのかもしれません。しかし八重山諸島や久高島の人々にとっても、島の日常は「原初的」という牧歌的なものではなかったはずです(p.57)。

 米軍基地に触れずんば語る資格なし、と取られかねない評価は避けるべきだと思う。これでは、かつてのマルクス主義文学が、文学においても政治的価値がなければ文学的価値もないとした観点に通じてしまう。米軍基地を見ようが見まいがそれは岡本の勝手であって、彼の「沖縄文化論」の価値は、その中身によってのみ評価されるべきことだ。それに、「原初的」という岡本の評価は、そこに「牧歌的」というニュアンスを含んではいないと思える。

 ぼくは、松島の琉球ナショナリズムが、それこそ、ナショナリズム隆盛期のそれに陥らないように願う。あくまで、ポスト・ナショナリズムの段階にいる視点から、独立なら独立を構想することを期待する。

 それは対中国への観点についても言える。松島の言うように、琉球が独立をすれば中国が侵略するという中国脅威論は、「根拠薄弱」な面があるだろう。また、日本人のなかには不可思議と思える蔑視観が出ることもあるが、これに対して、沖縄ではむしろ親和感のあることが、対中国外交には有効に働くだろう。しかし、一方で、中国は民主化されておらず、中華思想を持つナショナリズムの段階にある国家だということも、現段階では勘定に入れざるを得ないと思える。ナショナリズムの段階にあるということは、かつての西欧列強や戦前日本のように、ナショナリズムが膨張主義となる危険性を持っていないか、注意を払う必要があるということだ。

 この場合、侵略がなくても、琉球に傀儡政権を樹立することまではリスクとして見なければならないのではないだろうか。そうなれば、日本との関係は緊張を孕んだきついものになるし、新琉球国の北部は、北を睨んだ武装化を余儀なくされるかもしれない。その前に、琉球国内部も、言論の自由は封殺されるかもしれない。それは現在の台湾が孕むリスクとも似ている。長期的にみれば、台湾は軍事的、経済的に中国に飲み込まれるとしても、民主化という意味では、中国は台湾に飲み込まれる関係にある。琉球にとってもそうなるかもしれないが、その間、言論の自由もなくなることを誰が望むだろう。そういう判断が働く場合、誰しもつぶやかざるをえない。中国よりはアメリカがまし、と。

 そこで、松島の言う「非武装中立」と多国間での平和条約の構想で、島人の不安に応えることができるだろうか。抑止力というものが本当にあるのかどうか、ぼくには分からない。すべて虚妄なのではないかと言ってしまいたいところもある。しかし、抑止力という共同幻想があるのは確かだから、それを踏まえる限り、「非武装中立」という構想は、現実的ではないのではないかと思える。現実的ではないという意味は、島人の不安に応えられないのではないか、ということだ。

 ただ一方、松島は琉球ナショナリズムを標榜するが、松島の目指すものは、近代民族国家とは少し違うようにも見える。

 琉球は、近代国民国家という既存の国家を目指すのではなく、「島嶼海洋国家」という政体がふさわしいのではないでしょうか。後者の国は、国連に加盟し、国境、領土、領海、領空、国民、主権という国家の基本要素を持ちます。しかし国境の壁を下げ、諸外国との経済的、文化的交流をうながし、世界との関係性を緊密にする国になります。世界の国々との友好的な関係性の構築によって、平和と発展を実現します(p.242)。

 この、「国境の壁を下げ」というところは、明確にポスト・ナショナリズムの観点に立つものだと言える。この点、琉球ナショナリズムのこと挙げと国家像とはちぐはぐに見えてくる。言い換えれば、まだ独立の構想は練り上げられる余地が多いのではないだろうか。

 ぼくは、強度の琉球ナショナリズムに依らない、ポスト・ナショナリズムという段階に立った、独立構想を望む。それは、もはや独立というべきなのか、自治、自立というべきなのかは分からないけれど。松島は参照先として、イギリスのスコットランドやスペインのカタルーニャの独立運動を挙げている。明らかにポスト・ナショナリズムの段階にあるEUにおいて独立運動が起きるのは不思議にも思えるし、ぼくはその内実を知りたいと思うが、よくは知らない。けれど、琉球民族を梃にした琉球ナショナリズム運動と同じ俎上にある運動ではないのではないだろうか、という疑問は持っている。

 しかしそれでも松島が、自治、自立を退け、独立を構想するのは、「本土決戦」を遅らせるために、沖縄に地上戦を強い、いままた米軍基地を押し付けられているように、「日本の犠牲になりたくない(p.24)」という思いがある。「琉球で戦争を再び起こさないことが、琉球が独立する目的の一つです(p.96)」ということであり、そこには、「日本人は米軍基地問題も人ごとのように眺めています(p.80)」という日本政府と日本人に対する不信感がある。

 太平洋戦争後、日米安保と憲法9条はセットで導入された。けれども、日米安保の実態である基地は、ほぼ沖縄に押しつけられきた。すると、本土では「憲法9条」だけが見え、沖縄では「日米安保」だけが見えるとでもいうような状況が続いてきた。それだから、本土からの議論は、「日米安保」の実態である基地の実質的な負担感のない安保依存や、同様の「憲法9条」主義に傾きがちにみえる。

 民意が日米安保を支持するのなら、ここはやはり、本土から基地負担を引き受ける声、しかも辺野古基地の代替案の提案があってしかるべきところだ。それはなくてはならないのではないだろうか。奄美の視点に立つと、秘かに期待するのは、ここで鹿児島県本土からの名乗りだ。かの地はかつて軍事力を誇り、現在も軍事に対して抵抗感が少ない。もし、その名乗りがあるなら、明治維新と西南戦争で歴史が止まってしまった時計の針はふたたび動き出すだろうし、南の島々との歴史的なもつれの解消にも大きく寄与すると思える。底意地悪く言うのではなく、沖縄の隣人として真剣に検討してもらえないだろうか、と思う。

 ぼくは、琉球は独立すべきであるとも、日本に留まるべきだとも考えていない。しかし、独立しかないという局面がありうると考えておくことは必要だと思っている。ぼくがこのテーマにこだわる経緯を紐解けば、「琉球民族独立総合研究学会」の発起人に誘われたが、静かに断った。それは趣意書にある、「琉球の独立が可能か否かを逡巡するのではなく、琉球の独立を前提とし、琉球の独立に関する研究、討論を行う」という文言に躓いたからだった。「琉球の独立を前提」とする考えはぼくにはなく、「逡巡」するからだ。標語にすらならないが、逡巡こそわが足場なり、と考えて、参加を見送った。けれど、事態はひっ迫しているのかもしれない。辺野古の基地が強行されれば、すぐにでも独立しかないという局面が生まれるかもしれない。そのとき、琉球の独立構想は優れた選択肢でなければならないと思う。それだけが重要だとすら考えている。そうでなければ、仮に独立できたとして、歴史の後退を招きかねないからだ。それはいざという時の備えという以上に、日本ともどもこのどん詰まり感を抜け出し、歴史を前に進める契機にならなくてはならないと思える。

 

『実現可能な五つの方法 琉球独立宣言』

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