アイヌのイム
憑依状態を指すアイヌのイムについて、N・G・マンローは書いている。
この病気は、自分の感情を急激にさらけ出すのが特徴であって、他人の言葉や動作をすぐに真似てみたり、他人から指図や依頼をされるとそれとは全く逆の言動に走るという傾向を持っています。しかし、このような子供じみた精神状態に逆もどりするのも、ほんの束の間の行為として終わってしまいます。この発作は、蛇や〈アシトマ イコンパプ〉(恐ろしい毛虫)の話に触れただけでも、〈イム〉の症状のある女性はびっくり仰天したり怖がってぎょっとなったりして特有の発作を起こしますが、それでも通常はやがてにこにこした笑顔が戻り、恥ずかしそうに片手を唇の上にあてがうのです。このような状態にならない限りはでは、その女性は正常な妻であり正常な母親であって、決して他の女性たちと較べて知性が劣っているわけではありません。(『アイヌの信仰とその儀式』)
イムは、誰もが憑依状態になれた段階の面影を残したもののようだ。『語る記憶』のなかで、大月康義はそのことに触れている。
昔アイヌの女性は皆巫女であったといわれ、ある巫女は一日中巫術を行っていたとも伝えられている。現代とは異なり、当時、解離状態は日常的なことであり精霊と魂を交流させている姿も普通のこととして受け入れられていたのであろう。
大月はさらに、日常的なイムの他に、古層にあるものとしてのイムを抽出している。北見地方の古謡「サルコペ」(英雄詞曲)。
金の小ばちで
太鼓の胴を打てば
太鼓の唄う声
鏘然の音して
美しく鳴りわたり
跳躍が二つも(tu usa imu)
跳躍が三つも(re usa imu)
つながって出る
どこから来る巫謡
なのだろうか
二つの巫謡のふし
三つの巫謡のふし
長々と続く
ここから大月は、「イムは巫者が異常意識に入って太鼓の胴を打つ音から反射的に行う跳躍」という意味を取り出している。「太鼓の音に驚き跳躍するとともに入神状態になって巫謡を謡いだすというように、入巫することにイムがうまく組み込まれていることがわかる」。
蛇を見てイムを発症するということは、蛇をいずなとして憑依していた時代の名残りだということだ。
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