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2015/07/16

「タケ信仰」(吉成直樹)

 吉成直樹は、御嶽と山岳信仰との類似について、触れている。

 伊勢・志摩の境にある朝熊山周辺では、死者を埋葬した翌日などに、女衆は口寄せの巫女を喪家に招いて死者の口寄せを行うとともに、男衆は朝熊山にタケ参りをする。四十九日忌、命日、春秋の彼岸、年忌ごとにタケ参りを行うこともある。男女とも十三歳になると、十三参りと呼ぶタケ参りをするが、これは成年式、成女式のイニシエーションの意味を持つ。厳禁されていた霊山の登拝のタブーを破ったのは密教系の山伏修験者だった。

 タケ参りは、久高島のタキマーイと類似する。

 1.名称が一致する。タキマーイ=タケ参り
 2.本来は、十四五才までの女性が参加しており、「十三参り」に見られるような成女式の性格を持っていたと考えられる。
 3.集落のはずれの境界より北には墓(グショウ)があるが、死霊の場である世界に入っていき儀礼を行なうことには死者供養の意味合いが考えられる。

 久高島の最高海抜高度は、わずか十七メートルほどだが、そこにある御嶽が、山岳信仰である「タケ信仰」の山に見立てられているのである。

 この指摘は重要だと思う。吉成は、久高島の「タケ参り」が山岳信仰に何らかの影響を受けていると考えられるとしているが、ぼくには山岳信仰による山への見立てがより本質的に重要なものだと思える。

 
『琉球民俗の底流―古歌謡は何を語るか』

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