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2015/07/05

『地球平和の政治学』

 SF的なタイトルだけれど、「平和学」という学問の記述になっている。しかし、結論は日本的というか、玉虫色だった。

 戦後は「平和国家」。1990年の湾岸戦争の際の経済支援が国際評価を得られなかったことに背中を押された国連PKOへの参加以降が、「国連平和維持国家」。9.11以降が「アメリカの同盟国」。そして第二次安倍政権以降は「普通の国」へと舵を切っている、という流れは分かりやすかった。

 著者が、日本の安全保障のアイデンティティのモデルとして使用しているモデルは、

1.古典的リベラリズム・平和国家
・憲法九条、戦争放棄

2.ネオ・リベラリズム・国連平和維持国家
・憲法前文、PKO法、国際協調主義

3.古典的リアリズム・普通の国
・自衛隊法、個別的自衛権

4.ネオ・リアリズム アメリカの同盟国
・日米安全保障条約、集団的自衛権

 こうした整理が平易で分かりやすいのだが、躓く箇所もある。

 それでは「平和」という視点から観た場合、日本政府によるイラクへの自衛隊派遣は正しい決断だったのであろうか。この問題について考える時、イラク戦争の正当性と、戦後の復興支援の二つを分けて考える必要がある。イラクへの武力行使が国際法上、十分な法的根拠に欠けていたからといって、国際社会がイラクの治安と国民を見放した場合、どうなっていたであろうか。それは、前章のカンボジアや東ティモールの例にかぎらず、世界各地でおこった大量虐殺の発生を思い起こせば、その答えは明白である。

 著者はこの後、戦争後の平和構築活動にさっと話題を移し、上記に関しては、国際法違反でも結果オーライと言って済ましているように見えるのだが、ただの現状追認で学問ではないのではないかという疑問が浮かぶ。

 「学問」と呼ぶことに躓くのは、現状追認と同時に、党派性を感じるところだ。

 阪田雅裕元内閣法制局長官が指摘しているように、この閣議決定による集団的自衛権「限定容認」には、「平和の党」を看板に掲げている公明党の意向が大きく反映されている。具体的には、集団的自衛権の「全面容認」を望む自民党の改憲路線に対し、自衛のための武力行使の限界を示すことで、明確な「歯止め」がかかげられたと認識されている。

 「「平和の党」を看板に掲げている公明党」という修辞は、党派性の告白に見えてくる。また、「認識されている」。誰に? と思わず突っ込みを入れたくなる。この主語不在のような現状追認ぶりは、結論にも現れていて、今後の日本の安全保障のアイデンティティは、「地球平和国家」だと言うのだが、それは上記の4つの整理を全部、含むものなのだ。

 つまり、日本は、平和国家、国連平和維持国家、普通の国、アメリカの同盟国、という四つの安全保障のアイデンティティの間を変動しつつも、そのコアとなる安全保障のアイデンティティは、「消極的平和主義」と「積極的平和主義」を基調とした「地球平和国家」であると結論づけることができる。少なくとも、日本国憲法が改正されるまでの間は、日本は地球平和国家として世界の平和と安全に寄与することできると考えられる。

 現状追認は未来追認まで続くような変な印象がやってくる。また、一冊を挙げて日本の安全保障を論じているのに、沖縄の米軍基地のことはひと言も触れることなく終わっていた。これは学問ではなくて、やはりSFなのではないか。

 

秋元大輔『地球平和の政治学』

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