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2015/07/23

『海からの贈りもの「貝」と人間―人類学からの視点』

 『海からの贈りもの「貝」と人間―人類学からの視点』は、線を引いて読むのがはばかれる、図版の美しい本だ。ぼくのわがままな問題意識には届いてくれなかったが、たくさんの貝の民俗品が連想を助けてくれる。

人類の歴史が始まってまだまもない頃に、人々は一年中間違いなく、蛋白質が得られた。そこで、もう動物の群れを追ったり、野生の植物を求めて移動する必要もなくなった。ほとんどの考古学者がいまだに思い込んでいる事に、人類は農業を発展させるまでは定住社会にはならなかった、というのがある。だが、いまや明言できることは、確実な食糧源としての軟体動物の有効な利用、これによって、人類は農業へ進展する前に、海岸地帯に住む人たちによって、すでに遊牧の生活をすてさせ、定住社会を確立させるようになったにちがいないということである。

 このことは、ぼくもやっとわかってきた。

貝殻が生活にそれほど大きな役割を果していない地域と違って、これらサンゴ礁に住む人たちは、貝殻に依存する傾向が特に強い。タヒチ島に近いツアモツ諸島のサンゴ礁の島では、シャコガイが島民の蛋白源であり、lこれを補うかたちで、ハマグリやヤコウガイやタコを食べている。ツアモツ島の人たちは、オオジャコガイから作った杵と臼で食事の支度をし、貝殻製の削ぎとり器でココナッツの果肉を削ぎとり、貝殻のナイフで食べ物を切り、大きなクロチョウガイでふみ鍬を作り、タロイモの根を掘りかえす。食物を収穫するために土地を耕したり、家を建てるのに木を切るときの手斧や他の斧類はオオジャコガイから作られる。美しい繊細な木彫りを刻むための道具は、マンボウガイの外縁を薄く削ったもので作り、釣針は真珠貝から作る。貝殻から作った道具でパンダナスの葉を引き裂き、表面を滑らかにし、屋根を葺いたり籠や敷物を編んだりする。カメの甲羅や外から持ち込まれた石や木などからも道具類や台所用品は作られたにちがいないが、そのような材料は簡単に手に入らなかった。ツアモツ諸島のほとんどの家族にとって、貝殻製品は生活の必需品であり、太平洋やコロンブス以前の時代のカリブ海のサンゴ礁の島々でもその事は同じであった。

 琉球弧も似たようなものだったろう。ただし、他の島々においても、「貝殻製品は生活の必需品」であるというだけでなく、神聖なものだったはずだ。

ポモ族(北アメリカ-引用者)は、さまざまな機会に貝数珠を交換したり贈ったりした。死者に捧げる供物にしたり、貝数珠で遺体を飾ったり、親類縁者は死者の直属の家族へ貝数珠を贈ったりした。殺人の被害をうけた家族へは数珠玉で支払われ、犯罪者を殺すかわりに罰金を受け取ることで怒りの気持を静めた。結婚には、花嫁花婿の家族同士で決められた一連の交換儀式がかならずおこなわれた。嫁が妊娠すると婿の家から〈よく妊娠した〉ということで、八連から一〇連の貝数珠が贈られ、子供が誕生したときは、それ以上の数珠が嫁の家から贈られた。

 死者への供物としての貝は琉球弧にも見られる。そして、社会的な場面での交換もあったのではないだろうか。それがあればこそ、後年、ヤポネシア北方域との貝をめぐる交流も可能になったと思える。

メラネシアの二ニューブリテン島に住むトライ族にとっても、貝を財産として貯めることは、地位や権力獲得への道である。

 琉球弧において、貝の蓄積が地位や権力獲得につながったかどうかは、分からない。

ビットジャントジャラ族(オーストラリア-引用者)の呪術師は、この真珠貝の円盤を、主に病気の治癒に用いている。祈祷師のことをこの土地の言葉で〈マ・バンバ〉と呼び、その意味は貝の円盤〈マ・バン〉を所有している人ということである。祈祷師になるための入門式には〈貝の円盤を自分のからだのいろいろな部所へ射ち込むこと〉が課せられる。耳の中へ入った円盤は聴く力とあらゆることを理解する力を与え、顎に入った円盤は、精霊と話すことを可能にし、胃の中に入った円盤は、負傷しても不死身の力を与え、額に入った円盤は神からの力を授けられ、患者のからだの中に入って病気の箇所を診断することができるのである。祈祷師がこのようなX線透視によって患者を診断するとき、この呪術医は、病気治癒用の円盤を患者のからだに押しつけている。貝の円盤が、からだを貫いて病気の原因となっているものから引き離してしまうのだと信じられているのである。

 祈祷師の入門式は、北方のシャーマンの入巫の際の、体の改造とそっくりだ。


 琉球弧にとって貝は、聖なるものや食糧源だったというだけでなく、他者を引き寄せてしまう魅力も持っていた。柳田國男の「海上の道」は、北上する道というより南下する道として重大な意味を持った。貝と砂糖きびが、北方からの干渉を受ける二大物産だった。


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