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2015/07/13

シャコ貝の位相

 松木武彦は、弥生期の沖縄について書いている。

 弥生に相当する段階に入った沖縄で目立つのは、独特の埋葬方式だ。サンゴ礁からできた岩を組んで遺骸を組み、しばしばシャコガイなどの大型の二枚貝の殻を頭のまわりに立てたり、額に載せたりしている。海に由来するものと死者とを関連づける、この社会特有の世界観や思想が定まってきたのだろう(p.227、『列島創世記』)。

 例に添えられている写真は、木綿原遺跡(第5号箱形石棺墓の成人男性)のものだ。これは、前Ⅴ期末~後期初頭(約2500年前の前後)に相当する。シャコ貝とともに埋葬された例は、渡名喜村の西底原遺跡(後期?)もあった。頭蓋骨はなく(後世の攪乱とみなされている)、シャコ貝は腹部に置かれている。

 松木は、「海に由来するものと死者とを関連づける、この社会特有の世界観や思想」としているが、酒井卯作は、「シャコ貝を人骨の上においた痕跡があり、これが海上他界を意味するとも考えられるが、私はむしろこれを死霊の鎮圧と考えた」(cf.「39.「豊饒と死」」)と見なしている。

 ここにある「世界観や思想」はトーテム的思考ではないだろうか。

 宮古島に近い多良間島には、人の始まりに、最初に生まれたのがヤドカリではなく、シャコ貝である神話があった。

昔々大昔のことヴナゼー兄妹があった由。或る晴れた日のこと外の人々と共に野良に出て畑を耕していると、にわかにはるか彼方の海から山のような波がよせて来るのを見つけ、兄は妹をいたわりつつ高い岡にのぼって難をしのいだとのことである。周囲見まわして見ると人は一人もなく地上に一切のものと共に津波にさらわれてしまった。兄妹は致し方なく草のいほりを作り妹背のちぎりを結んだのであった。そして二の間から先づ一番初めに生れたものはアジカイ(シャコ貝)で、その次に始初めて人間の子が生れて、これからだんだんひろがってこの島一ぱいに人々が繁昌したと云うとのことである。島人は今ヴナゼー御拝(オガン、一種のお宮)を二人を島立ての神として祭ってある。(多良間島)

 これはトーテムとして同位相にあり、「シャコ貝」をトーテムと見なした段階が宮古島にあったことを示唆するものだ。脱皮型の死の起源神話は、メラネシアでは「蛇」が登場するのに対して、蛇のいないポリネシアやミクロネシアでは、「蛇」が「蟹」や「貝」に代わる(cf.『「物言う魚」たち―鰻・蛇の南島神話』)。たとえば、ソロモン諸島マライタ島のランガランガ族のトーテムは、「鮫、鰐、海蛇、シャコ貝」などだ(p.139、『「物言う魚」たち』)。宮古島でもシャコ貝遺物は採取されている。宮古島で、ヤドカリではなく、シャコ貝がトーテムとして選択される可能性はあると思える。

 埋葬時にシャコ貝を副葬したのは、女性のアマムの入墨と同じ他界へのパスポート、または他界への道連れ、トーテムとしての次の生への呪術などの、どこかの思考に当たるのではないだろうか。

 

『旧石器・縄文・弥生・古墳時代 列島創世記』

『「物言う魚」たち―鰻・蛇の南島神話』


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