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2015/06/27

顔の見える島・与論島

 神田孝治は、「観光地と歓待」(『観光学評論 Vol.3-1』)のなかで、与論島の観光の経緯を整理している。それは、三段階に分けられる。

 1.70年代 「自由」と「恋愛」イメージ
 2.80年代 観光客の減少を受けた観光振興
 3.2007年以降 映画『めがね』による、「観光」ではなく、「たそがれる」。

 上記の三段階は、おおよそ、1が「ヨロン島(とう)」、2が「パナウル王国」、3が、「この世界のどこかにある南の海辺」というコピーに対応させることができる。

 神田は、2の観光振興のなかで、「与論献奉」を取り上げて、酒の回し飲みを「与論の憲法」と通称していたのを、「与論献奉」と名称を考案したのは、1979年だということを明らかにしている。酒の回し飲み自体は古代からあるが、「与論献奉」は観光ブームにあやかって登場したもので、言うほどの歴史の古さはないと見なしてきたので、この明記はありがたい。

 日本国憲法の条項をめぐる議論がかまびすしいなか、「与論献奉」の条項を取り上げるのは気が引けるが、いい機会だから見てみよう。

 与論献奉

 与論献奉は島の永遠の繁栄を念願し、お客に感謝し心から歓迎して町民の誠の心を献上するもので永禄4年(1561年)から施行された。

 第一条 与論献奉は与論固有の献奉で与論島の象徴(誠の心)である。
 第二条 与論献奉は全町民の真心を主賓に献上してから関係者全員に施行する。
 第三条 与論献奉は適物適量を厳かに一回だけ献上する。
 第四条 与論献奉は平等に施行し何人たちろともこれを断ることはできない。
 第五条 与論献奉施行者は主賓等の適量をあやまってはならない。
 第六条 与論献奉施行者は施行前に趣旨等を口述し味美(ママ)をしてから施行する。
 第七条 与論献奉綬杯者は献杯する前に自己紹介等スピーチして献杯する。
 第八条 与論献奉施行中は何人たりとも離席せず思語(ママ)をつつしみ献杯者のスピーチを拝聴しなければならない。
 第九条 与論献奉施行者は献奉終了した旨を全員に報告しなければならない。
 第十条 与論献奉施行者は献奉施行者の一切の権利と義務を負うものとする。

 附則
 1.この献奉永禄四年(ママ)1561年8月15日(旧)から施行する。
 2.この献奉は自作自演で一切の責任は負わないものとする。

 ふぅ。筆記してて恥ずかしくなってきた。この恥ずかしさは、この条項が、まじめなのか冗談なのか、よく分からないところから来るような気がする。いや、冗談なのにやけに真面目な装いをしているところもあるのが余計なのだろう。冗談なら与論人らしいユーモアで塗りつぶすのがいい。ここでは、真面目に受け止めた場合の見方にすると、

 前文および附則1は虚偽だから削除。第一条の「与論献奉」は「島の象徴」ではないから削除。第二、五、十条、附則2は意味不明だから削除。第四条の「断ることはできない」、第八条の「何人たりとも離席せず」は、禁止ではなく、可能の表現に改める。

 すると残るのはこの三つ。

 第三条 与論献奉は適物適量を厳かに一回だけ献上する。
 第六条 与論献奉施行者は施行前に趣旨等を口述し味美(ママ)をしてから施行する。
 第七条 与論献奉綬杯者は献杯する前に自己紹介等スピーチして献杯する。

 これを基本にして、第三条を厳格にするのが必要なことが見えてくる。

 と、真面目に考えるとこうなる。これは逆に、与論人の得意なユーモア一色にしてもいいのだ。どちらにしても、この十箇条はリニューアルしないと、ちょっと恥ずかしい。

 気を取り直して、神田の説明を補足すると、彼は、

祖先崇拝の強い与論島では、まず先祖の神に酒を捧げるという。(中略)与論島においては、来訪神ではなく祖先が神であることにその特徴がある。

 と、書いているが、琉球弧では、来訪神も祖先も「神」であるのは共通している。「与論献奉」は、「まず先祖の神に酒を捧げる」のであるとしても、ポイントは、客を来訪神視しているところにある。表層的にはそれは人見知りが一夜で仲良くなるための苦肉の策(cf.「与論献奉」)だが、深層には、旅人を「まれびと」とみなす心性が潜んでいるものだ。


 これまでの観光論考に対して、神田が新しく付け加えていると思えるのは、「来訪者の現地への愛につながる感情が重要な役割を果たしている」ことに注目した点だ。

 「ギリシャ村」構想、NPO法人「e-○k」による島のIT化、「島人旅人・与論島」の文化活動、雑誌『かなしゃ』の発行、「サンゴ礁再生協議会」。これらの活動は、移住者を中心にしたもので、神田が指摘したポイントに当たる。

 けれどそれだけではない。神田がこの他にも紹介している、NPO法人「ウンパル学校」、ブログによる情報発信、「ゴミ拾い」は、島の出身者によるものだ。

 どちらの場合も、これらの活動は、島にとって無くてはならない人に支えられている。どの活動もそれを行っている個人がはっきりしているのだ。そして重要なのは、紹介された人物以外にも、与論には顔の見える活動をしている人がたくさん、いることだ。

 与論の象徴は、自然を除けば、「与論献奉」ではなく、一人ひとりの顔なのだ。むしろ、これらの活動をしている人たち自身が(観光)資産であると位置づけたい。それに、これを出身者と移住者が手を組んでできるところにも(そこにいろいろな問題があるにせよ)、与論の強みはあると思う。(観光)振興のためには、商品開発、とは限らない。

 神田の論考を読み、なかなかやるじゃないか与論島、と嬉しくなった。この論考を受けていえば、「顔の見える島づくり」を提案したいし、ぼくも手伝いたいと思う。

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