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2015/06/29

『ぼくの“那覇まち”放浪記―追憶と妄想のまち歩き・自転車散歩』

 新城和博の那覇アースダイバー、『ぼくの“那覇まち”放浪記―追憶と妄想のまち歩き・自転車散歩』を読んだ。アースダイバーのモチーフのひとつは、かつて島だった那覇の掘り起しだ。

 しかし、なぜ那覇は“浮島”と呼ばれたのだろうか。実際はもちろん浮いてなぞいない。おもろそうしに記された〈うきしま〉とは、かつては対岸の泉崎の高台あたり、いや首里からも見えた風情であろうか。ゆらりゆらりと漂うような小さな島だったに違いない。西町・東町あたりも、「那覇どまり」と呼ばれていた港湾が発展してできた埋め立てのようだ。いずれにせよ、何百年も前の話ではある。

 那覇の「浮島」は、奄美大島の南の「請島」と地名として同じだ。請島もとなりの与路島と対にすれば、「浮く島」と「寄る島」とイメージしてみたくなる。あるいは、浮島(請島)は、「沖」の三母音読みで、「沖の島」という意味かもしれない。

 考えてみれば、琉球弧の「沖の島」モチーフの地名は多い。もう半世紀以上も前、石垣島出身の宮良当壮は波照間島を「果ての珊瑚礁(ウルマ=珊瑚礁)」と考えたのに対して、人類学者の金関丈夫は、波照間が地元では、「パトロー」と呼ばれていることと、台湾の先住民の言葉の類似から、「沖の島」の意味に近いという仮説を出して論争が交わされたことがあった。この論争が、現在地元でどう解されているのか知らないけれど、金関の方に説得力がある。すぐに分かることで言えば、地名をつけた島人にとって、「沖」の概念はあっても、「果て」の概念はないだろうからだ。しかも、波照間島を「果て」としてしまったら、そのとき琉球を区切るような境界の概念も持っていなくてはならなくなる。

 波照間島を「沖の島」として捉えると、音韻の転訛から、加計呂麻島もそうだということが分かる。他にも、鳩間島、多良間島、来間島、慶良間(諸)島がそうで、ひょっとしたら古宇利島もそうだ(cf.「「沖の島」七つ」)。

 ことの当否はともかくとしても、とても自然な名づけだと思う。

 また、奥武(おう)と呼ばれる島は、言語学者の崎山理の考察をもとにすると、「地先の島」として理解することができる(cf.「青の島は、間を置いた島」)。奥武(おう)系の島は、琉球弧にいくつもあるから、こうしてみると、広義には「沖の島」系だらけだと言っていいのかもしれない。

 これらいくつかの「沖の島」の系列の言葉は、それぞれ厳密な違いを指摘しにくいから、種族や時代の違いとして言うことができるのだと思う。

 ところで、奥武(おう)系の島は、本部と屋我地の間の奥武が、「後生(ぐしょう)」と呼ばれたように、「あの世」の島を意味したところもある。「聖域」とされることが多いのは、その名残りだ。ぼくの考えだと、ニライカナイはいま、海上はるか彼方ということになっているけど、もともとそうだったわけではない。それは「この世」と隣り合わせに、島人の近くにあったのだ。その代表的な例が、奥武(おう)の島のような「地先の島」だった。

 つまり、「沖の島」の系列のなかには、地名とは別に、それが「この世」と地続きだった頃の「あの世」の島だったものもあると考えられるので、ぼくは漠然と、浮島としての那覇も、「あの世」の島だったのかしらんという思いで、新城の街歩きの供をしたのだが、そう単純なことではない。

 新城は「那覇の岬の突端である三重グスク」について書いている。

 そもそも長堤で陸地と繋ぎ、要塞として石垣が築かれ城となる前から、ここは聖域だったのではないだろうか。グスクの基礎となった海上に浮かぶ岩礁は、小さな離れ島のようだったに違いない。こういう奇岩的な佇まいが信仰の対象となるのは、よくあることである。
 離れ島(岩)が陸と結ばれ、岬の突端となり、要塞としての機能が失われた後も、遥拝所として現在まで残り続けたのには、それなりの理由があるはずだ。
 岬は、陸と海が接する境界である。
 それは「この世」と「あの世」の境界の象徴でもある。岬の「さき」とは「先」、つまりこの世の先にある世界との境界・インターフェイスとしての聖域(御願所)となる。

 これを継ぐようにいえば、「三重グスク」は、かつては「あの世」の島だった。「あの世(ニライカナイ)」が海上のはるか彼方へ遠ざかると、そこは瞬間転移を可能にする「御通し(うとぅーし)」、遥拝の機能を持つようになったのだと思う。

 新城のこのエッセイは、「この世」と「あの世」を行き来しているような幻想的な雰囲気が漂っていて、いっしょに彷徨っている気分に誘われる。こんど那覇へ行くときは、旅の供としたい。


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