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2015/06/26

他界の島としての池間島

 源武雄は、「宮古島の民俗-産育と葬祭を中心として-」(『南島論叢』1937年)のなかで、宮古島の葬法と他界に触れている。

 宮古島の人々の霊魂遊離及末世に対する考へを覗つてみる。池間島にウプラスウタキ(大主御嶽)といふ拝所があるが、宮古島の人間は死ぬ時必ず此のお嶽を通過せねばならぬと一般に信ぜられてゐる。島人は死ぬ前にその魂が姿を現じて此のお御にゐる神司たちに見えるさうである。此のお嶽を来世への関所と考へているのかも知れぬ。宮古島の人々は来世の常住所がどこにあると考へてゐるのだろうか。これまでの学者達の研究に依つて死屍処分の形式と来世観念との関係とを分類してみると大体に於て、土葬をなす風習のある所では来世を地下にありとし風葬樹葬を為す所では来世を天上にありとし水葬をなす所では海上の離れ島にありと信じられてゐるらしい。宮古島では往古は水葬も土葬も行はれたらしいから来世の観念もごつたになつてゐるわけであるが、古典や伝説を見ると、来世を地下にありと信じてゐたらしい痕跡が多い。大神島には島の一角に「岩ヌバナ」といふ岩窟があり、それが底知れぬ深さなので、これが来世へ通じる所だと考へ島人は非常にそこを恐れてゐる。宮古の伝説にはよくニージャ(根入ジャ)の国といふ言葉が出て何れの伝説でも穴から通じてゐるやうに出てゐるが、之はわが古典に見ゆる根之国と同一語のやうである。

 死者の霊魂が池間島の御嶽を通過するということは、かつて池間島が宮古島の島人にとって他界の島であったことを意味していると思える。トロブリアンド諸島のトゥマ島のように。

 酒井卯作の『琉球列島における死霊祭祀の構造』では、「海上信仰を基本とする生活を保っているのに、なぜか水葬の慣習は存在しない(p.14)」とあったが、ここでは水葬も挙げられている。水葬の場合、「海上の離れ島」とされている。これは、海の彼方と同位相にあり、誰も行ったことのない島を指すのだと思う。池間島の「亥の島」と語られた(p.276)のも同じことだ。棚瀬襄爾の『他界観念の原始形態』では、水葬はメラネシアに、舟葬はポリネシアに見られる。

 「風葬樹葬」とあるが、樹上葬があるのか気になる。その場合、「来世を天上にあり」としているので、天上と地下が対置された後に、天とむすびつく葬法として樹上葬になったのかもしれない(cf.「宮古島における天上と地下の対置」)。

 大神島の「岩ヌバナ」は、まさに他界への入口を明示している例だ。「島人は非常にそこを恐れてゐる」ように、生と死が分離して以降の感覚をにじませている。

 源の報告は、短い文章だけれど、示唆が多い。

 

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