『憲法九条の軍事戦略』
この本が出されたのはわずか二年前なのに、もう現実に追い越されてしまっている。松竹伸幸は、憲法九条の「制約」と言われているものを「優位性」に変えるとして、「専守防衛」と「集団的自衛権の禁止」を挙げているが、後者は政府が勝手に行使可能に、前者も危うくなっっているのが現状だ。
この本の意義は、「護憲派」(というのが誰を指すのか、よく分からないが)にとってタブーだった「軍事戦略」を語り、具体的なアイデアを提示していることにあると思えるが、本が出されて以降の二年間で明らかになったのは、その「護憲派」の空洞化ではないだろうか。
それは、具体的な政策に対しては反対が多いのに、依然として内閣支持率が不支持率を上回っていることである。これは、不支持の反対に支持するものが不在であることの現われのように見える。
松竹は、憲法九条の軍事戦略として、「専守防衛」、「経済制裁」、「安全保障共有」の三つの角度から、戦略内容を提示しているが、そこには教えられることが多かった。しかし、最後のところでぼくは躓いてしまった。
憲法九条の軍事戦略は、「安保条約」とは矛盾する。そこで、「安保条約」の廃棄は目標になる。ところが、松竹は、一方でこうも書いている。
しかし、それでもなお私は、安保廃棄という戦略にくわえて、もうひとつの戦略も選択肢にいれておかねばならないと考える。とりあえず、安保条約そのもには手をつけない状態で、しかしアメリカの抑止戦略は変更させるという選択肢である。日本が九条の軍事戦略を確立するにとどまらず、アメリカにもこの戦略への同調を求めるということである。
松竹のこの配慮は、「日米安保が役立っている」81.2%(2012年)という世論に目配せしたものだと思えるが、ぼくには、この選択肢の方が、廃棄以上に非現実的なものに思えた。
憲法もそのまま、安保もそのまま、で、憲法九条の軍事戦略は展開できるのか。というより、もうひとつ説得されないのは、ここには理念の輝きが感じられないからなのかもしれない。松竹は、「護憲派」にも軍事戦略が必要だという問題意識からスタートしている。しかし、これも時代に追い越されてしまった。いま必要なのは、「護憲派」の空洞化に応える憲法九条の軍事戦略なのではないだろうか。
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