『戦場ぬ止み 辺野古・高江からの祈り』
三上智恵監督の映画『戦場ぬ止み』には、「戦場に止めを」という硬いタイトルと内容であるのには違いないけれど、それとは全く逆の柔らかい優しい印象がやってくるのが新鮮だった(cf.『戦場ぬ止み』)。それをもう一度、確かめたくて、書籍になった『戦場ぬ止み(いくさばぬとぅどぅみ): 辺野古・高江からの祈り』を手に取った。
そういう印象がやってくるのは、反対派の人だけではなく、容認派、警備会社の社員、機動隊、建設資材の運搬人等々のそれぞれの立場を、人間としては等価だと見なす視線が、映画に染み透っているからだが、この本でも、その視線は折々に顔を出している。
漁協の辺野古や汀間支部、宜野座を含めて、周辺の漁師たちは、海上の反対運動を批判しながらも、その数倍心配をしてくれている。船の係留が甘くて流されれば追いかけていってくれる。つなぎ直しをしてくれた後には大目玉もくらう。でもそれは、彼らがロープの結び目ひとつで生死を分ける経験をしてきているからだ。台風対策だって、ひとつ間違って反対運動の船が転がれば(風であおられた船が転倒すること)、港は大損害だ。運動団体の船など係留させるなという意見も当然ある。あんな年寄りに操船させて大丈夫か、誰が責任を取るんだという海人の意見を、私もよく聞かされた、「大迷惑だ」と言いながらも、視界のどこかで反対運動の船を気にかけ、徹底排除しないでいてくれるのは、この海を埋められたくない必死の思い、危険を知らずに海に出て行く無謀さと、あきれるほどの情熱を含めて、同じ海を大切に思う漁師たちの心に通じる何かがあるからだと、私は思う。
(前略)ずっと辺野古のテント村を守ってきた安次富浩さんはこう言った。「最後にやり逃げするような知事は沖縄の歴史にいなかった。(昨年末、仮病を使いながら政府の言いなりになったが)今度は県民のために、仮病を使ってでも手続きをしないでほしい」。とても優しい言い方だ。安倍政権に無理強いされているのだろう? 最後に自分を、沖縄を汚すようなことはやりなさるな、という忠告なのだ。立場は違えども同じ県民どうし、仲間だと思うからこそ、誤った判断をさせてはならないと必死で説得もするのだ。
博治さんが上品とはいえない沖縄の言葉を羅列している映像だけを切り取って批判するズレた人たちもいる。うちなー青年たちに対する彼の愛と信頼がわからないのか。「同じ島に生きる人たちはみんな親戚みたいなものなんだ。仕事だからってこんなことをして、沖縄戦で死んでいった先祖にどう説明するんだ。わかれ、馬鹿野郎」。これを渋谷の街で標準語で叫んでも奇人で終わるが、名護署員や沖縄出身の機動隊員のなかには、心の柔らかい部分で受け止めてくれる人もたくさんいることだろう。映画の冒頭の排除シーンでも、私は編集をしながら、沖縄県警はつくづく優しいなと思った。トラメガを口から離さぬ博治さんをそのままトラメガごと、5人がかりでそっと脇に運んでくれている。「しょうもないおっさんだ」と呆れても、大嫌いにはなれない。島の言葉を介して、お互いのあいだに通うものが確かに存在すると、私も現場で感じている。
反対派と容認派、仲井間知事と反対派、運動リーダーの山城博治と沖縄県警。辺野古を「戦場」として描けば、ふつう両者は対立の構図のなかに描かれる。「沖縄vs本土」のように。そしてそうには違いないのだけれど、それだけで語り尽くせるわけではない。いやむしろ、語り尽くせないことを、補足ではなく、そこにこそ力点がかけられている。そのことを強く感じるのは、辺野古の集落を描写した箇所だった。
じっさい辺野古は、沖縄の他のどの地域よりも基地との交流がさかんで距離が近い。もちろん、ベトナム戦争の時代には、精神的にすさんだ兵士による区民の殺害事件がいくつもあった。軽犯罪などは数えきれない。それを少しでも減らすために辺野古地区は苦心してきた。占領下の警察が、アメリカ主導の民政府が、いったい何をしてくれたか。明日ベトナムに飛んで命を落とすかもしれない米兵が、歓楽街で酒を浴びて女性にすがりつく。朝方まで働く母や姉たちと入れ違いに、そのなかで学校に通い成長する青年たちは、どこの誰よりも地域の安全を確保する手段を真剣に考えただろう。その大きな柱が、キャンプ・シュワブと辺野古地区でつくる親善組織だった。イベントの共催だけでなく、旧部落の中は日没後は歩かない、この通りから向こうにはデイ入りしないなど、県も政府も解さない両者の合意が数々あって、それらはいまもキャンプ・シュワブの中でちゃんと守られているという。これは、日米合同委員会で決めて上から下ろしても護られない規律などと違って、顔が見える関係性を築いてきたからこそ「守らせている」「人間としての尊厳を認めさせている」のであって、辺野古の地域だけがもつ力だと思う。
軍が悪い、政府が悪いと人のせいにして動かないのではなくて、面倒でも正面から向きあい、交流を重ねてきた結果、事件や事故を最小限に食い止めてきたという自負がへの国民にはあるのだ。だからこそ誇らしく運動会や角刀大会を取材させてくれるのであって、その結果「基地とその恩恵が大好きな辺野古」のような偏見で報道されたら、彼らがどんなに悲しい思いをするか、わかってほしい。
「わかってほしい」。この切実さは、映画の画面からは押しつけがましくなく、過酷さを知らない者が素手で受け取れるものになっていた。
基地の押しつけと他国の戦争に翻弄されつづけた沖縄の歴史。それは確かに負の歴史であるが、その負の歴史を地域の力で、日米の組織など当てにしない、人間対人間の力で前向きに転換してきた辺野古区民のありようは、もっと知られていいはずだ。でも、それを「今後もアメリカ軍と生きていくのも悪くないでしょう?」というロジックに絡めとられずに伝えることが本当に難しい。
そう三上監督は言うのだけれど、辺野古の取材に限らず、映画全体として、都合のよい消費に絡めとられない力を持っていた。それがこの映画の勝利だと思う。
そして、三上監督の視線を、「人の情」として言うのだけでは足りないと、この本を読んで思う。
とはいえ、私はヘイトスピーチは沖縄には関しては定着しにくいだろうという楽観論ももっている。冒頭にも書いた通り、沖縄では誰かをおからさまに否定することは極力しない。人を追いこんだら逃げ場がない島で、非難される人よりも、人を責める人のほうが社会から嫌われる、そういう力学がある。加えて、まだまだ「言霊」に対する信仰が広く残っている。
少々民俗学者のふりをさせてもらえば、沖縄で「言葉」は「クチ」とか「フツ」と呼ばれ、悪意をもった「ヤナフツ」は邪悪な力をもって相手に取り憑くと信じられている。軽口で「死ねばいいのに」と言ったつもりでも、強い言葉は相手の生命力まで奪い、その呪力は強く、一周して自分に返ってくるとも言われている。
だから沖縄のおばあたちは「言葉には気をつけなさい」とよく諌めるし、言葉が強い人を敬遠する。本当の意味で、悪い言葉が命取りになることを知っているのだと思う。
三上監督の楽観論はぼくも同感だ。言葉には霊力があるから、大事にしなければならない。それが島人の生活思想だ。そうではなく、言葉の持つ概念の力を生かして、対立する要素として抽出し、止揚するという方法がヨーロッパでは組み立てられ、それは「精神の運動」と呼ばれた。その「対立」は、この映画タイトルが指し示しているものでもある。けれど、ここにはもうひとつ別の考え方があって、避けがたく分け隔たったものを、つなぎ直そうとする力がいつでも働いている。ぼくはそれを培ったのは、珊瑚礁だと思っている。海と陸は隔たれたふたつの別の世界だ。けれど、その中間に、珊瑚礁が形成するイノー(礁池)は、陸でもあれば海でもあることによって、海と陸の境界を揺らめかせ、両者をつなぐ。言ってみればそれは珊瑚礁の思考だ。三上監督のいう「辺野古の地域だけがもつ力」が本当だとしたら、それは辺野古の珊瑚礁が大いに寄与していると思う。そして、三上監督はそれを彼女自身の共感力で察知し、映像に収めたのだ。
だから、辺野古の海が傷つくのを島人は、自分の身体の痛みのように感じるのだし、次の指摘も胸が痛む。
国際IPCC(気候変動に関する政府間パネル)によれば、2050年を待たずに地球上のサンゴは成長不可能になると予想されている。サンゴ礁の海は、地球の海全体から見てたったの2%の面積しかないにもかかわらず、魚種の65%がそこをすみかとしている。であれば、サンゴ礁が消滅すれば、海は人類を食わせていくことができなくなるだろう。
食は欠かせないけれど、ことは食のことに限らず、珊瑚礁が培ったつなぎ直しに力を削ぐことになるだろう。けれど、それはまだ資産として活かせる。なにしろ、珊瑚礁の思考には五千年の歴史があるのだから。
問題なのは、珊瑚礁の思考のように生活思想にまで根を張っているかどうか覚束ないもののことだ。思えば、ぼくたちは戦争について、ずいぶん経験者の抑止力に頼ってきたのではないだろうか。島袋文子が、前線に立つ。そういう姿に、天晴れな「をなり神」をみて頼みにしてきた。けれどもう、経験者の抑止力に頼れないことは、政治の世界が露骨に見せているとおりだ。経験を持たない者が、それをどう受け取り、展開していけばいいのか。三上監督の作品は、そこにひとつの切開面を見せてくれていると思う。
『戦場ぬ止み(いくさばぬとぅどぅみ): 辺野古・高江からの祈り』
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