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2015/05/22

「琉球の宗教」、移行としての生と死

 折口信夫の「琉球の宗教」。

海岸或は、島の村々では、其村から離れた海上の小島をば、神の居る処として遥拝する。最有名なのは、島尻シマジリに於ける久高クダカ島、国頭クニガミに於ける今帰仁ナキジンのおとほしであるが、此類は、数へきれない程ある。私は此形が、おとほしの最古いものであらうと考へる(p.44)。

 こういう記述を見ると、ニライカナイが遠隔化される前は、久高島も他界の島だったかもしれないと思わせる。

古代に於ける遊離神霊の附著を信じた習慣が一転して、ある人格を透して神霊を拝すると言ふ考へを生んだ様である。近代に於て、巫女を拝する琉球の風習は、神々のものと考へたからでもなく、巫女に附著した神霊を拝むものでもなく、巫女を媒介として神を観じて居るものゝやうである(p.45)。

 これをぼくなりに咀嚼すれば、「憑依」に霊魂思考からの概念を与えた時、巫女はカミ化されたということだ。

此守護霊を、琉球の古語に、すぢ・せぢ・しぢなど言うたらしい。近代に於ては、すぢ或は、すぢゃあは、人間の意味である。其義を転じて、祖先の意にも用ゐてゐる。普通の論理から言へば、すぢゆん即、生れるの語根、すぢから生れるものゝ義で、すぢゃあが人間の意に用ゐられる様になつたのだ、と言ふことが出来よう。然しながら、更に違つた方面から考へれば、すぢが活動を始めるのは、人間の生れることになるのだから、すぢを語根として出来たすぢゆんが、誕生の動詞になつたとも見られよう。其点から見ると、すぢゆんは、生るの同義語であるに拘らず、多くは、若返る・蘇生するなどに近い気分を有つて居るのは、語根にさうした意味のあるものと思はれる。後に言ふ、聞得大君御殿チフイヂンオドンの神の一なる、おすぢの御前は、唯、神と言ふだけの意味で、精しくは、金のみおすぢ即、金の神、或は米の神、或は楽土(かない)の神と言ふ位の意味に過ぎない。而も其もとは、霊魂或は、精霊と言ふ位の処から出て居るのであらう。琉球国諸事由来記其他を見ても、すぢ・せぢ・ますぢなどを、接尾語とした神語がある。柳田国男先生は、此すぢをもつて、我国の古語、稜威イツと一つものとして、まな信仰の一様式と見て居られる(p.47)。

 「すぢが活動を始めるのは、人間の生れることになる」ということは、やはり霊力に該当するのはセヂだろうか。「すぢゆん」につながるのであれば、なおそういう気がする。

琉球神道の上に見える神々は、現にまだ万有神である。恐しいはぶは、山の神或は、山の口(蝮クチか)として、畏敬せられ、海亀・儒艮ジユゴン(ざん=人魚)も、尚神としての素質は、明らかに持つてゐる。地物・庶物に皆、霊があるとせられ、今も島々では、新しい神誕生が、時々にある(p.58)。

 「海亀・儒艮ジユゴン(ざん=人魚)」も「神としての素質」あり。

而も其中、最大切に考へられてゐるのは、井カアの神・家の神・五穀の神・太陽神・御嶽の神・骨霊コチマブイなどである。大体に於て、石を以て神々の象徴と見る風があつて、道の島では、霊石に、いびがなし〔神様〕といふ風な敬称を与へてゐる処もある。又一般に、霊石をびじゅるといふのも「いび」を語根にしてゐるので、琉球神道では、石に神性を感じる事が深く、生き物の石に化した神体が、沢山ある。井カアの神として、井の上に祀られてゐるものは、常に変つた形の鐘乳石である。此をもびじゅると言うてゐる。ある人の説に、びじゅるは海神だとあるが、疑はしい(p.58)。

 石に霊力を認める信仰は最古層と言ってもいい。

日本内地に於ける神道でも、古くは神と人間との間が、はつきりとしない事が多い。近世では、譬喩的に神人を認めるが、古代に於ては、真実に神と認めて居たのである。生き神とか現つ神とか言ふ語は、琉球の巫女の上でこそ、始めて言ふ事が出来る様に見える。即、神人は祭時に於て、神と同格である(p.78)。

 「古くは神と人間との間が、はつきりとしない」。区別がはっきりしないということは、モーリス・レーナルトがニューカレドニア人についても頻繁に使った言葉だった。

 メラネシアでは「人間」に当たる語はなく、「神」も明確ではない。「人間と神」は、「生者と神化された故人」と言い換えたほうが妥当になる。

 カモは「生きている者」。しかし、ここで「生きている者」に人間と動物や故人との差はない。(cf.『ド・カモ―メラネシア世界の人格と神話』

こういう少年に物語を語らせてみると、話のなかにはカモ(生きている者-引用者注)が登場する。カモは飛び、泳ぎ、地下に姿を消したりする。しかしそのつどどれが鳥であり、魚であり、故人であるとわざわざ断ったりはしない。語り手は、さまざまのお話にしたがって主人公の人物がとる姿を追いかけていくが、その人物は目に見える相は変えてもカモとしての身分は変えない。ちょうどいろいろな衣裳を取り揃えてもっている舞台の登場人物のように、絶えず変装を変え、変身していくのである(p.49)。

 カモという言葉のおかげで、「カナク人は生者がありとあらゆる姿に変身するのについていける(p.49)」。これは「人間」という概念では不可能なものの見方だ。

私の友人のタビがした経験は、きっとそういうものである。彼はカヌーの上に一跳びで乗り上げてきた鮫を逃がしてやったことがある。というのは、斧で止めを刺そうとした瞬間、彼は鮫に人間的なまなざしを認め、「これは祖先だ」と思ったからなのである(p.50)」。

 ここでは、トーテム原理がまだ生き生きとしている。カモとは「人間らしい雰囲気をもった生きた「人物」のこと」。

 そこで、死者が生者のなかにまじることが起きる。このエピソードは以前も引用した。(cf.『ド・カモ―メラネシア世界の人格と神話』

 神化された故人はバオと呼ばれる。だが、ここに神化のプロセスはない。「不可思議な力をもった人々とか見慣れない人々、そして老人たち」もバオであり、死体すらバオである。だが、故人は死者を指すとは限らず、狂人も故人とみなす。それは、社会的な配属を解かれたという意味を持つ。故人は、「岩山や樹の幹」に祭壇が建てられると、神化は完成し、新しい役割につく。

社会は生者と神とからなり、両者はつねに交渉している(p.65)。
メラネシアの言語には厳密な意味で「死ぬ」という動詞に翻訳できる語はひとつもない(p.66)。

 かくして、死という観念は存在しない。生のあり方は、可視と不可視という二つの相を持つ。

 モーリス・レーナルトの観察は、移行の段階としての生と死をよく捉えていると思う。そこでは、死はまだ存在していない。人は死なない。ということは、「死の起源神話」は生と死の分離の段階におけるものだということになるだろうか。後藤明は、『「物言う魚」たち』のなかで、脱皮型の死の起源神話は仮面習俗の分布と共通していると指摘していたが、それとも符合する。

 そして、折口信夫が言う「古くは神と人間との間が、はつきりとしない」ことは、この移行としての生と死の段階に発生の根拠を持つように思える。「生き神とか現つ神とか言ふ語は、琉球の巫女の上でこそ、始めて言ふ事が出来る様に見える。即、神人は祭時に於て、神と同格である」。至言だと思う。異族の神である天皇に、ある意味では本土以上に、かつイデオロギーなしに自然に入れ込む根拠はここにある。むしろ、異族の神である天皇を崇拝した琉球弧ではなく、崇拝を復古させた本土に対して驚くべきなのかもしれない。


『古代研究〈1〉祭りの発生』

『ド・カモ―メラネシア世界の人格と神話』

『「物言う魚」たち―鰻・蛇の南島神話』


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