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2015/05/27

『オール沖縄 VS. ヤマト ―政治指導者10人の証言』

 ちょっと挑発的なタイトルに見えるかもしれないが、沖縄の「政治指導者」10人にインタビューしたもので、そこから沖縄の民意のありかを探っていこうとするモチーフで書かれている。著者、山田文比古の見識をさしはさもうとしない誠実さが感じられる、とてもいい本だ。

 日本と沖縄の問題を、奄美の場合は、鹿児島と奄美の問題として捉えるとわかりやすいところがある。沖縄に対する日本の無関心と差別は、奄美に対する鹿児島の無関心と差別に似ているからだ。しかし、対比はここまでで、まったく違うのは、沖縄の場合は、基地という日米間の問題に直結しているところだ。ここで、問題の水準に格段の違いが出てくる。

 そこで感じるのは、沖縄の政治家の発言の厚みだ。この厚みは、敗戦以降の苦渋が培ってきたもので、本土の政治家よりはるかに現状把握が的確なのではないかと思わせる点もあった。

 インタビューの時期が絶妙で、知事選の前に行われているから、誰の把握がもっとも的確かが、白日のものとに晒されている。それをあげつらいたいわけではないから、もっとも的確だと感じた人物だけ挙げれば、それは稲嶺惠一元沖縄県知事だ。その的確さは、彼が政党や政治家の動きで情勢を語らずに、人やサイレント・マジョリティの動向によって語ることに由来しているように思えた。

 彼の状況認識でなるほどと思ったことを引用すると、

 私が知事としてラッキーだったのは、その世代が政治の表舞台に立っていたからだ。山中貞則先生をはじめ、橋本首相、梶山官房長官、小渕首相、野中官房長官など、みなさんが心情的に沖縄に思いを寄せてくれていた。そうした沖縄に同情的な世代が今やいなくなってしまったことが大きい。

 これは、日本政府の動きとぴたりと対応する。ことは、沖縄のことだけではない。沖縄に思いを寄せる人がいなくなったということは、沖縄のことに限らず、戦死者の重みに思いを寄せる人がいなくなったということだ。こういうところで、沖縄の問題と日本の問題は同期しているのだと思う。敷衍すると、日本人が日本政府の横暴に無関心でいるように見えることと、沖縄に無関心でいるように見えることはパラレルなのではないだろうか。

 語られることがなくなった敗戦、経験した人がいなくなった敗戦は、学ばなければならないものへと変わる。沖縄でいえば、奄美も同じく、固有の歴史が、学ぶべきものになるということだ。


『オール沖縄 VS. ヤマト ―政治指導者10人の証言』

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