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2015/05/02

「北海道アイヌの葬制 : 沙流アイヌを中心として」

 もう60年以上前の論文だが、アイヌの葬法と他界観に疎いので、久保寺逸彦の「北海道アイヌの葬制 : 沙流アイヌを中心として」はありがたかった。

 死者の霊(ramachibi)は、この世を去って他界にいたり、先祖たちと一緒に暮らす。他界は地下だ。ところが、天界が6層あるように、地下界も6層ある。ただ、ふつうには、地下の国と、その最低底の国とをだけ言うことが多い。最低底の国は、善神との戦いに敗れた魔神の霊、悪業によって罰せられた人間、人間に危害を加えた悪熊などが追いやられる。

 地下界は、現世をそのまま写像したもので、死者の生活はこの世の延長。死霊は忌避追放すべきもの、不気味なもの。冥府を支配する神は存在しない。

 1.死者の国の生活は、永遠の生の享楽。
 2.他界では、出生、増殖は考えられない。人口の減少は現世への再生によるもののみ。
 3.死者の国の1日は、上方世界の6日。
 4.季節、昼夜は現世と逆。

 ぼくたちはポリネシアの例から、天と地下が対置されるのは、社会階級の違いによることを見てきたが(cf.「ポリネシアの他界と葬法」)、アイヌの場合はそういう区別はないので、ポリネシアとは異なる。また、天界が死者の行く他界とも記述されていない。

 昼夜、季節は逆だとされているので、棚瀬の考察を踏まえれば、地上の他界の観念が混入しているはずである。つまり、霊力思考の関与があることになる。

 現世と他界をつなぐ通路には、「北海道各地の海岸や川岸の洞窟に付されて、多く存在する」地名で言い表される。洞穴には多くの伝承が存在している。

 久保寺が採集した一例を引いておく。

 昔、佐瑠太(サルプト)近くの或る村に妻に死なれた男があって、毎日悲しんで臥てばかりいた。或日、気晴らしに、海岸に出て見ると、亡き妻が、昆布を拾っていたので、妻の名を呼びつつ、捉まえようとすると、妻は恐れて逃げていく。追掛けていくと、川岸の横穴 Oman-ru-paro に入っていく。男もすかさず穴に入って追っていく。初めの中は、穴が狭いので、四っ這いになって進んでいったが、次第に先が明るくなって来た。明るいところへ出ると、美しい小川が流れている。川沿いに、逃げる妻を追っていくと、或る一軒の家に入ろうとする。よく見ると、そこは自分の家であった。続いて、男も家の中へ入ろうとすると、犬 seta が出て吠えかかって、今にも噛みつきそうにする。犬はこわかったが、やっと、妻の着物の裾をつかまえたと思った途旦、妻はばったり転んでそのまま息絶えてしまった。すると、家の中から『巫女 tusu-menoko(占女)』を呼んで来て、息を吹きかえさせろ、外へ来たのは妖怪(おばけ)だから、wen hru(悪い食物の義で、魚の骨・鰭・尾。穂のままの稗 pushkur-amamなど、悪魔祓いに使うもの)を撒き散らして逐っ払え』という声がしたと思ったら、穢に食物をその男めがけて投げつけて来た。それが着物についていて、なかなか離れない。男は仕方がないので、妻が蘇生する様子を見ながら、逃げ出して、再び、先の洞穴から出て、家に帰って来たが、悲嘆して臥してばかりいた。(二谷国松氏伝承)。

 この世とあの世の逆という観念も入っているから、素の伝承とは言えないけれど、死が生の移行であり、生者と死者が共存する段階のことがちゃんと描かれている。その結節に洞穴が位置している。

 久保寺はこの系列の伝承について考察を加えている。

 1.現世の人々も、死者の国を訪れることができる。
 2.現世の人には、彼らが見えるが、彼らからはこちらは見えない。霊や悪魔、妖怪のように見える。
 3.現世の人はあの世では、放逐される。
 4.あの世で意思疎通を図るには、神がかり状態で口寄せしなくてはならない。
 5.他界の食べ物を食べるとこの世に戻れない。

 副葬品や供物についての扱いにも触れている。

Animisticなアイヌの考え方によれば、organicのものでも、inorganicのものでも、すべて霊が存在する訳で、その形態乃至肉体を破壊することによって、霊は他界に再生し得るのであるから、死者、祖霊、魔神等に供えたものは、破砕して、その精霊だけを家苞として持たせればよい訳である。死者の副葬品をすべて傷つけ、或は破壊して、埋める意味も、之に通じるものであろう。

 墓地は、「部落近い山の中腹、或は丘陵上等に設けられる」。墓地は死体を遺棄するところであり、詣でるところではないから、長い歳月のうりには墓標も朽ちる。墓地は家ごとにあるのではなく、漸次、既存の墓に距離を保って掘られる。

 死産児の場合は、女便所の前を掘って埋める。その際は、便所の神(Ru-kor kamui)に禱詞を述べる。

 「死者の家を焼く」習俗についても書いている。

 アイヌの宗教観に於いても、祖霊に親愛感を持ち、之を崇拝祭祀する段階は、かなり後の発達で、本来は、祖霊は恐るべきもの、墓地に屍を捨て去ったのを最後として、永遠に絶縁すべきもの、祭るべからざるものであったのである。従って、他界に於いての生活の為に、死者に家を持たせてやるという考方は、祖霊の崇拝乃至祭祀が起ってからの合理化でなければならない。

 これは、『琉球列島における死霊祭祀の構造』における酒井卯作の考え方に近い。けれど、「死者に家を持たせてやる」という言い方が、「祖霊に親愛感を持ち、之を崇拝祭祀する段階」の思考を反映させているはいえ、生と死が分離し、死穢が発生したところで、霊魂化することで他界に行く思考のもとでは、成り立つ言い方には違いない。ぼくには、死霊への恐怖にすべてを還元することにむしろ違和感がある。

 「家を焼く」習俗は、1871(明治4)年に、北海道開拓使庁の命で禁止された。与論で風葬が禁止されたのは、1902(明治35)年ともっと後だ。

 病気や不運は、一切、「悪神・魔神」のせいだと考える。ここでの神はカミと精霊化して受け取ったほうがいいと思える。ただ、悪霊が取り憑くとは表現されていない。

 明記されていないが、葬法は伸展位埋葬だと受け取れる。死穢、死霊への恐怖、地下他界等、霊魂思考が伸展している。ただ、洞穴の伝承に見られるように、死が生からの移行だと考えられた段階の思考もよく保存されている。この世とあの世は逆であるという地上の他界でよく言われる他界観も出ているが、他界は地下である。地上化は、天上界の存在によって示されているのだろうか。

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