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2015/05/23

琉球弧の作物起源神話の濃度

 丸山顕徳は、『沖縄民間説話の研究』のなかで津堅島の蛇退治の説話と祭儀を紹介している。後藤明が『「物言う魚」たち』で要約しているので、それを引用する。

 海に棲む大鰻が毎年一度、陸に上がり人間を食っていた。食わないと村中を暴れ回るので、あるとき、くじで当たった者を犠牲にしようということになった。ところが、十七、八歳の若い娘が当たってしまう。それで家族が困っていると、御蔵里之子という大名が通りかかり、それを阻止するために作戦を授ける、鰻が好きな酒を瓶に入れ、それを鰻の通り道に置いておく。そしてその上に櫓を建て、おとりの娘を立たせるというのだ。鰻が上陸して瓶に頭をつっこんで酒を飲んでいるときに、武士が太刀で斬りつけて鰻を殺してしまうのである(p.128)。

 この説話にちなんだマータンコーという祭儀もある。男性二人が長者として選ばれる。二人は上座に座るが、とても名誉なことだとされている。マータンコーは、蛇退治であるが、同時に長者の誕生を祝う意味もあった。儀礼の本質は、蛇を忌み嫌うのではなく、ニライカナイからやってくる豊穣神を迎える儀礼であると言える、と後藤は書いている。蛇の形をした来訪神だ。

 琉球弧では、死体化生型の作物起源神話は希薄だ(cf.「女の作った御馳走」)。かわりに上記に見るような、作物やその種がニライカナイからもたらされたとする神話が一般的である。

持ってくる方法は、人間ないし動物が盗んでくる、あるいは彼岸の神や動物が自主的に持ってきたとするのである。動物の場合、鳥であるケースが多い。鳥は運んでくる最中、まちがって種を地上に落としてしまって、そこから作物が生えるのである(p.218)。

 海と関係する場合、鯨がニライカナイから種子をもたらしたとするものがある。大林太良は奄美に見られるこのモチーフに対し、死体化生型と漂着型の結合をみるが、後藤は同時に、「人食い大蛇や鰻の腹に財宝が宿るという観念と通ずるものであろうと思う(p.218)」としている。後藤は南太平洋に広がるこのモチーフとの親近性からそう言っているわけだ。

 ぼくは、琉球弧において、作物の起源が来訪するものだという観念が強いのは、農耕の存在を知りつつそれを行わず、来訪神のような他者によってもたらされたという歴史を物語るのだと思う。と同時に、女性の殺害が有用植物をもたらしたという観念が希薄だということも気にかかる。オナリ女も犠牲にされるよりは、神の地位を得ていった。これは、女性(母)の殺害という原罪についても、琉球弧は希薄であることを示すのではないだろうか。

 大林太良は「南島稲作起源伝承の系譜」(『南島の稲作文化―与那国島を中心に』)のなかで、与那国島の例を挙げている。それは「稲盗みモチーフ」に属するが、起源については何も語っていない。

往時は、死後最初の壬癸の日にサガイ(幽明鏡を異にする境の意)と言う祭事が行われた。その日、死者に一番近い男女を選び出した。その数は必ず奇数で五人が多かった。この選び出された人々は、死人の家の門外西側に鍋を据えて、蟹と韮の葉を煮たてて、その汁を飲み、稲の穂を噛みつつ、墓と家の間を七回往復するのであった。その間に家の中では焼香を終るのであった。韮の葉と稲の穂は盗み物に限った。

 これは別の意味で驚く習俗だ。これは、食人の変形である。食べるのが「蟹」であることも、再生するものへの見立てが感じられる。食人は、「添い寝」以外に蟹汁を飲むことにも変形されたのだ。変形の思考はとても柔軟なものだと思う。

 宮古では、穀物の種子を盗むのは女であり、陰部や下着のなかに隠す。この隠し場所は、宮古の冥界訪問譚と同じだ(cf.「『南島文学発生論』再読、シニグ考」)。どれも生まれる場所という意味が込められている。


『「物言う魚」たち―鰻・蛇の南島神話』

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