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2015/05/28

ヨリアゲマキウ

 貝塚時代前3期(5000年前)から定着期に入る。それは、猪猟から漁撈中心への転換だった。漁猟による定着をよく示しているヨリアゲマキウについて、稲村賢敷の『沖縄の古代部落マキョの研究』(1968年)を読んだ。(ヨリアゲ「魚着き浦」、谷川健一)。

 ぼくは、定住により平地に移ったと想像していたが、海岸に近い所ではあるが、「彼等の居住の場所としては、殆んど例外なしに山の頂か丘陵の上にマキョの居住地を営んだ」、とある。

 稲村はヨリアゲマキウだけではなく、その他の名称のマキョも調べたうえで、その31個所について整理している。

 1.山岳の頂上 8
 2.海岸に近い小丘の頂上 7
 3.丘陵上 9
 4.山岳の中腹 5
 5.平地 2(ただし、これは古代部落ではない)

 稲村の結論としては、「その総てが始めから平地にあるものは一つもなく、山や丘陵の上にあった事になっている」。稲村はその理由として外敵からの防御を挙げている。

 ぼくは、何千年も続けてきた遊動生活の場を離れるという発想がなかったのではないかと感じる。

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