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2015/04/20

「先島諸島における先史時代のヒトと生態史」

 マーク・ハドソンによると、生態史の視点からみると、奄美、沖縄は「狩猟採集民のいた島」だが、一方では九州から南下した縄文人が沖縄本島まで拡散し、他方、フィリピンあるいは台湾から北上し宮古島まで広がった。「二つの民族集団」は同じ魚類や貝殻を食料とし、生業パターンは基本的に同様だった。

 宮古島の南嶺の長墓遺跡の調査結果をもとにすると、

先史時代の人々は岩陰に住み、前方に廃棄物を捨てた。岩陰の前面に形成された貝塚は少なくとも、10×15mの規模と推定される。

 長墓遺跡の最下層の年代測定は、約4400〜4000年前であり、これは「八重山諸島での第1期の開始とほぼ同じ年代となる」。第2期の無土器文化は2900〜1900年前で、「第1期と第2期の間の「空白期」が存在しなかったとはいえないが、いわゆるこの「空白期」に人が宮古島に訪問したか、または居住していた可能性が高い」。

 ハドソンは、先史諸島の先史文化の起源地に関し、

 1.奄美・沖縄諸島の貝塚文化
 2.台湾の新石器文化
 3.中国の新石器文化
 4.フィリピンの新石器文化

 と、四つの候補地のうち、台湾を最有力候補として挙げている。考古学の百年以上の歴史があるにも関わらず、奄美、沖縄貝塚時代の遺物が先島諸島では出土されず、その逆もまたない、としている。

 人が無人島に漂着する際は、しばらくの間、狩猟採集をする場合が多い。もともと農耕民であったとしても、最初は狩猟採集のみで生活する。しかし、人口が増えると、しだいにこうした生活は困難になる。

 オセアニアのほとんどの集団が農耕に戻り、集団的な栽培制度を発展させた。例外は、ニュージーランド南島など農耕できない環境のみであった。オセアニアでは、多くの島で農耕社会が戦争や首長制を生み出した。

 この視点では、先島諸島には人口過剰の問題は生じなかっただろう。むしろ、先島諸島が頻繁に無人島になってもおかしくない。

しかし、前述したように長墓遺跡の発掘調査の成果から、この遺跡では「空白期」がなかった可能性が提唱できそうである。つまり、島が無人島となった場合、新たなヒトの集団の植民があったことを長墓遺跡のデータは示唆するものである。しかし、孤立性が高く、外界との交流の証拠がほとんどないので、新しい渡来人が頻繁にやってきたことは考えにくい。むしろ、長墓遺跡のデータは、人が継続して宮古島に住み続けたとも解釈できる。八重山諸島で人がいなくなったとき、宮古諸島が生物学でいう「避難所」となったのかもしれない。

 さらに、オセアニアとの比較でハドソンは興味深いことを書いている。

 長墓遺跡の調査から、宮古島では先史時代が少なくとも紀元後1000年頃まで続いたことが理解された。しかし、長墓遺跡では中世(グスク期)の遺物が全くないため、先史時代と中世文化の関係は不明である。考古資料から人々が島から全員いなくなったことを示すことは難しいが、太平洋におけるヨーロッパ人の植民地文化と比較すると興味深い違いがみられる。18世紀以降ヨーロッパ人が太平洋の島々に拡散するが、それによりもたらされた伝染病や直接的な暴力によって、先住民の人口は激減した。オセアニアでは、伝染病によって人口が従来の5~40%まで減った。北太平洋のアリューシャン列島でも、先住民は虐殺や伝染病で多くが命を失った。しかし、これらの島々では、先住民が絶滅する例は少なく、多くの場合は今でも生存している。一方、先島諸島では中世に沖縄諸島から農耕民が入植してから、それ以前の「先住民(先史時代の先島諸島民)」の記録は一切ないようである。つまり、18~19世紀の太平洋と比較すると、先島諸島では先史時代の終わり頃に、この地域の人口が非常に少なかったか、後期の人々がすでにいなくなっていた可能性が高い。

 まっさきに思うのは、ぼくは与論島の珊瑚礁が海面に到達したのが4000年前であり、現状では確かな遺跡も3000年前を遡らないので、他島に比べその歴史は浅いとみなしてきたが、上限の時間はたしかに浅いものの、その濃淡でいえば必ずしも秀でて浅いわけではないかもしれないということだ。

 また、先島諸島の歴史は、太平洋の島々と比較すると、不連続であるのかもしれない。

 農耕民であっても、島への入植の初期は狩猟採集を継続するということは、琉球弧の精神の考古学を考える上でも示唆深い。ぼくたちが追っているオーストロネシア語族が、農耕を携えてやってきたとしても、農耕の痕跡を残さなかった。けれど、その場合、他界や葬法はどうなるだろう。仮に、知っている農耕をせずに、狩猟採集を続けたとしても、他界や葬法は戻ることはないだろう。農耕に伴う他界や葬法の進展を著しく遅くさせることはあっても。
 


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