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2015/04/21

バンクス諸島の考古学・他界・葬法

 バンクス諸島について、棚瀬襄爾の記述(『他界観念の原始形態―オセアニアを中心として』)では、「精霊」の概念があることが印象に残っているが、これに野嶋洋子による最新の考古学の知見(「バンクス諸島の「山」と「海」-島嶼メラネシア・ヴァヌアツにおける先史社会と環境-」)を対照させて考えてみたい。

 島嶼メラネシアでは、島嶼間を結びつける交易ネットワークが知られている。

交易の主たる担い手となったのは、海岸部や陸資源の少ない小島の集団で、貝貨の製作・流通を介して必要な資源を入手するとともに、土器、豚、染料、ゴザなど様々な物資の移動の仲介者として機能した。彼等は典型的な「海の民」であり、その対局には内陸資源の利用や農耕、豚飼育などに重点を置き、海へのアクセスを持たない(あるいは重視しない)「山の民」が存在する。
このような「海」と「山」の二項対立的な関係性は、島嶼メラネシア各地に顕著に見られる資源獲得戦略である。
ヴァヌアツ北部には首長制のような政治システムは見られないが、位階階梯制と呼ばれる伝統的システムが存在する。男子集会所となるロングハウスを中心に展開し、いくつもの序列化された地位が存在する。

 ヴァヌアツでは土器が消失する期間が存在する。

土器の欠落はオセアニア文化史においては普遍的な現象であり、土器が本来もつ調理器具としての機能が必要とされなくなったことを示唆する。その背景には、人々が地域に定着し農耕活動の比重が大きくなるにつれ、主食となるイモ類の効率的調理を担った石蒸焼き技術が重要性を増したことがあるだろう。逆に、ヴァヌアツ北部の状況をみると、メラネシアの一部地域において土器が継続したのは、その交易品としての価値が島嶼間ネットワークにより維持されたためだと考えられる。

 これは八重山の無土器時代や琉球弧の貝交易にも示唆を与えるものだ。

農耕活動がほぼ不可能なリーフは、かつてはバンクス諸島における貝貨製作の一大拠点として知られ、メラネシアに特徴的な海岸部と内陸との交換関係を端的に物語る。海岸部や小島の集団が製作する貝貨は、内陸で産する資源ー特に豚とタロイモーと交換された。

 ここにいうリーフとは珊瑚礁のことではなく、ヴァヌアラヴァ、モタラヴァ、ウレパラパラ間にあるロワ島のことだ。陸地面積のみだと与論島よりも小さい。

 かついては、バンクス諸島全域において灌漑農耕が実践されていた。

タロイモは祖先との繋がりを示す大切な作物であり、その重要性について(中略)、人々は生きるためにタロイモを育てるのではなく、タロイモを育てるために生きている、とする。

 灌漑農耕の水路はサメの精霊により治められている。灌漑農耕エリアの周辺では祭祀遺跡も確認されている。

 典型的な祭祀空間は、この遺構に隣接して男子集会所ガマルを備え、ダンスグラウンドとみられる中オーストロネシアいう広場をおいて、方型の住居基壇が取り囲むような構造を持つ。

 ヴァヌアツ北部における先史文化の長期的推移。

 1.海岸部へのラピタ人の居住(3000年前)
 2.内陸開拓の開始、土器使用の継続、交易
 3.海岸部の専業的集団(1000年前);河川流域等での農耕進展;内陸・海岸部社会の分化(?)
 4.耕作地の拡大と灌漑の導入(時期?)
 5.農耕集団の成長・複雑化、儀礼空間の出現(17~18世紀遺構 19世紀にピーク)

 祭祀施設の形成は、「それほど古く遡るものではなく、せいぜい過去数百年間の出来事であったと思われる」。

 さて、ここに約120年前に観察された他界や葬法を当ててみる。

 ・霊魂は夢でも身体を離れるが、死で分離は完成される。
 ・霊魂は、o tamate または natmat になる。これは死者の意。
 ・隣人たちは死霊はすぐに遠くに行かないから、死にゆく者の指を噛んで覚醒させ、耳に口をあててその名を呼び、霊魂が聞いて帰来することを期待する。
 ・死霊はふつう5~10日間、家や墓の周辺をさまよって家の中で音を立てたり、墓に火を燃やしたりする。5日があの世へ行くよい時だとして、小石や竹で死霊を村から追いだす。
 ・この時まで寡婦は、必要時以外、一刻も死者の寝床を去らない。必要なときは、彼女の代わりにココナツを置く。死霊はこの間、家にとどまって妻が婚礼の部屋にいるのを見ている。
 ・死霊は常に西方の日没の方向に行くとされ、西へ西へと村送りされ、落日に面する海岸で海中に入り、あの世へ行くとされる。

 ・他界は地下のPanoiで、各島からの死霊が火口やその他の穴を通じて、この地下界に入る。
 ・パノイは、地上のごとくで、村、赤い葉のある木があり、昼夜の区別があり、美しいところ。
 ・一説では、上のパノイで死んだものは下のパノイに行くが、下では死なないけれど、白蟻の巣になるとも言われる。

 「精霊」が出現しているから、バンクス諸島では霊魂思考の進展がみられるが、他界は海上への志向があり、転生信仰(白蟻の巣)の痕跡も見られるので、霊力思考も弱まった形で存在している。

 葬法はどうだろう。

 ・一般に村から遠くない森のなかに埋葬する。ふつうは2日目に行う。
 ・偉大な人やめざましい死を遂げた場合は、男子集会所ガマルの近くに埋葬する。
 ・愛児の場合は、家の中に葬る。50~100日目に遺骨を取り出し、森の中に隠す。
 ・遺骨の若干は家の中につるす。
 ・ある場所では、愛情の印として埋葬を行わず、腐った死体を家のなかにとどめ置くこともある。

 ・ガウア島では、死体を滑火の上で10日かそれ以上、乾燥させる。この期間、死体を見守る女たちは、死体から出る死汁を飲む。モタ島でも行われる。
 ・ガウア島では、遺族は豚を屠り、その死体または一部を墓にかける。あの世の死霊によい印象を与えるため。しかし、豚は霊魂を持つとは考えていない。
 ・埋葬後、「死を食う」という一連の祭宴を催す。

 ・ウレパラパラ島では、死体を村の中央に持ち出し、食物でまわりを囲む。
 ・ヴァヌアラヴァでは、死体を死者の舟に入れて、家の中の台上に安置し、その下に火を焚く。5日目を「破壊された頭」と呼ぶ。この日に死体が頭から取り離されたと信じられているからである。

 「死体から出る死汁を飲む」ことや屋内葬などをみると、相当に霊力思考も残っていることがわかる。「破壊された頭」は、幻想の頭蓋取り出しだ。

 バンクス諸島では、動植物への転生信仰は弱まり、代わって精霊への信仰が強まる。地下の他界が観念されて、相当に霊魂思考が進展しているのだが、それでも、「死汁を飲む」という直接的な霊力思考も残っている。これは、オーストロネシア語族の植民以前の先住民が存在したことを意味するのではないだろうか。

 野嶋の知見は、オセアニアの島嶼として琉球弧を見る視点を与えてくれるように思える。

 メモ1.ヴァヌアラヴァ島は314㎢、ガウア島は342㎢で、西表島(289㎢)、徳之島(248㎢)よりやや大きな島だ。

 メモ2.「イメージの力」展で見た加入儀礼用精霊像と木生シダ製精霊像「マゲ・ニ・ヒウィル」は、ヴァヌアツ南部のマレクラ島、アンブリム島のものだ。


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