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2015/04/05

「日本語形成におけるオーストロネシア語族の要素」

 いままで何度も引用してきた崎山理によるオーストロネシア語の北上について、整理しておこう。

 琉球弧の年代と伊藤慎二による時代区分(cf.「ヒトはいつどのようにして琉球列島に定着したのか?」)も同時に添えてみる。


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 1.ハイ期

・ニューギニアあたりを北上
・ハイ(原オーストロネシア語のエイを意味する*payi が語源。星、星座への比喩的表現として用いられる。
・「エイの星」は、オーストロネシア語族インドネシア語派の民族にとって、方位、風位を認識するための星として機能した。
・他には、木、火、イモ、臼、原、魚(いお)、目(ま)、臍(ほぞ)・へそ、たえ、飲み、泣き、抱き、果て、嘗め、小さ。

 2.ヨネ期

・インドネシア語派の分布地域であるインドネシア東部からフィリピン、ミクロネシア西部あたりを経て北上したのか、いわゆる照葉樹林地帯に含まれる中国揚子江南部流域から出発したのか決め手がない(3期を含む)。
・ヨネは砂、砂利。ヨネは「米の実」を意味した。新しく渡来した穀物への比喩。その後、コメに置き換えられてしまった。
・琉球語では、ユニ、ユナは「米」と「砂」に意味的連合がある。

 3.ハヤト期

・ハヤトという言葉ではなく、隼人、熊襲の北上を崎山は意味させている。
・琉球語で太陽を意味するシナ(光)、ヤドカリを意味するアマン、波照間島でカラムシを意味するbaagoo。
・イを語頭にともなう地名。

 伊藤の区分をもとにすれば、オーストロネシア語族の北上は、定着期以降だということが分かる。

 ぼくはここからいくつか仮説を立ててきた。与論を指す「ユンヌ」の語源が「ヨネ」に由来する。それはオーストロネシア語族の北上2期に、与論の珊瑚礁環境が整ったこと、最古に近い遺跡があることも傍証している。また、アマミキヨとは、帰ったきたアマムではないかということ。それは「砂」として北上した「ヨネ」が「米」として帰ってきたのと同じだ。また、トーテムとしてのアマムが古くはなく、少なくとも最古ではないことも示唆されている。


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