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2015/04/09

『地下他界―蒼き神々の系譜』

 萩原秀三郎の『地下他界』は、その書名が示すとおり、地下の他界に着目している。

日本の他界観の中で、地下他界の観念は位置づけが明らかでない。というより、ほとんど無視されているといってよい。私は焼畑から水稲栽培へと初期農耕文化の形態は変っても、死霊の往く場所は地下あるいは山とする信仰が、文化の基層を貫いていたと思う。地下へ死霊は往き、かつて神々も湧出した。大地の神々は、鬱蒼として冥い、蒼き神々であった。

 ただ、荻原の力点は、地下というよりは山に向かっている。

 これまで山中他界観といえば山上から天界が意識されたが、それはアルタイ系支配者文化の流入以後のことである。より古層にあるわが国の山の他界観は、華南の山棲みの農耕文化に属するもので、大地を母とする女性原理の山に連帯する。それは、日本古代の「根の国」に通じる山の他界観である。しかも、わが「根の国」の思想は決して亡び去ったわけではなく、山中他界として発展的に受けつがれ生きづけているのである。

 もう少しいえば、地下というより山、基層を農耕と華南に引き寄せる嗜好があるのだが、それを差し引けば、萩原の問題意識の近くにぼくたちもいることが分かる。

 萩原は松本信広の見解を引いている。ポリネシアのエルベー島のこと。

この島人は、人間が死ぬと地下の世界に行く、島は珊瑚礁なので大きな洞穴があるわけで、死者の魂が地下の世界へ行くにはこういう大きな洞穴の中に行くのだという。ところが地下の世界と現世の間を交通するため岩の間に割れ目があり、地下の世界から割れ目を通って死人が出てきていたずらをして困る、とあるときそれを塞いでしまった。そこで人が死ぬとき、その霊魂は、すぐ他界へ行くことができなくなってしまった。そのため、死者の霊は島の端っこの海岸の東の絶壁の上に集まった、夏至のときと冬至のとき、太陽が昇るのを待つ。太陽が上がってくると、死者は太陽についてゆき、そして太陽が西の崖に没するとき、それについて地下の世界へ入っていくだという信仰を持つようになったというのである。

 この他界への道行き伝承には、イザナギがイザナミに追わせないために、黄泉の国と現世とを岩で塞いでしまったのと同じ瞬間が刻印されている。生と死が分離されるとき、死への移行には障害が現れ、それは岩で塞ぐことで表現されている。ここに、ぼくたちは地下、あるいは洞窟の向こうから、海上、海底へと他界が遠隔化される契機を見ることができる。

 もうひとつ目を惹かれるのは、ぼくたちはひときわマンガイア島の他界への道行き伝承に惹かれてきた(cf.「ニライ・カナイ、地の底から海上への転位」)。マンガイア島の例でも、死霊は冬至と夏至に、朝陽に面する島の二つの地点に集まり、「太陽が地平線に沈む瞬間に、死霊の一行は夕陽の黄金色の光跡を追い、きらめく海を越えて太陽とともにあの世へ下る」のだった。ただ、マンガイア島の例では、その前段で、「すぐ他界へ行くことができなくなってしまった」障害の経緯は語られていなかった。エルベー島の伝承は、それを語るものではないだろうか。

 両島はポリネシアに属している。トンガ島の東のエルベー島は見つけられない。これが、エウア島のことだとしたら、両島の位置は下記の地図になる。距離は1500km以上、離れている。

 萩原はニライ・カナイの原義をめぐる議論の系譜にも触れている。伊波普猷は、「ニライソコはすなわち地底のことであり、土に穴を掘って鼠がその下に住むことからニライという言葉が生まれた(p.208)」とした。前折哲雄も、海上遠く離れた楽土だとするのは間違いで、地下のことではないかとした。宮良当壮はニーラシィクは「地の底即ち根の国底の国に相当する信仰上の世界なり。而して其人界即ち光明に通ずる所はイーザー(岩屋)なり。ゆえにひとたび岩屋を下れば魔界即ち暗黒界に入るを得べしと云ふ。此国に住む者はニール・ピィトゥ(地底人)と云ふ荒ぶる神共なり」とする。アカマタ・クロマタは地底人だとも。仲松弥秀は、暗黒な世界というのは間違いで「青の世界」とした(p.260)。

 萩原は、「私には初発的な異郷が青の世界であったとは思えない」と書いているが、ぼくたちも以前に、前折哲雄への共感と仲松弥秀への違和感を書いたことがある(cf.「ニーラ・カネーラ」「青の島は、間を置いた島」)。

 ぼくたちはここで琉球弧の他界観の変遷を素描しておく。

 1.生からの死の移行
 2.洞窟の向こうの他界(地下)
 3.山中
 4.海上、海底

 3と同位相のものには、地先の島(仲松が追求したオーの島等)の段階も入っていたかもしれない。

 以下、気になる箇所をメモしておく。

 メモ1.狩猟民には、動物の生命の根源を心臓もしくは肝臓に認めて、神への供物とする習わしがある。狩りの獲物の分配の単位を、九州ではタマスといい、沖縄ではタマシという。

 これでいえば、「霊力」に該当するものは、タマシになる。

 メモ2.国頭のシヌグでは、山上の洞穴を男たちが木の枝で突く。伊是名島では少年たちが男根を山中の大木の空洞にさしつける(p.29)。

 メモ3.山に入るものは、成人男子であるが、入山の恐怖は、きわめて卑俗にいえば性の試練であり、山中の隘路を通ることは性交する、あるいは母胎に回帰することをあらわす(中野美代子『中国の妖怪』)。

 メモ4.タイ西北部のヤオ族の正月。山から山の神はじめもろもろの精霊がやってくるが、どの精霊も歩くときは片足跳びになる。この隻脚の神は、西南中国から東南アジアにかけて多い(p.32)。

 これは、徳之島のイッシャも同じだ。イッシャは犬田布岳から降りてきて、片脚で飛び跳ねて歩く。これが与論のイシャトゥの祖形かもしれない。

 メモ5.

 日本では産の神が、山の神、厠神、帚神とも考えられているが、帚は魂をはき寄せる呪具であり、便所は母親が子どもの魂の再入の門戸を開く場所であるからであろう。沖縄の八重山では、人が樹から落ちたり、つまずいて倒れたりすると、魂が体から脱出すると信じられていて、こんなときは厠の神にお願いして落ちた魂をとりもどしてもらう(p.84)。

 「厠」が信仰の対象になるのは、「魂の再入の門戸を開く場所」だからではなく、霊力思考のなかで、女性の体内から取り出すものとして、子供と排泄物が同一視されるからだ。

 メモ6.

 犬が生活にかかせない水を発見する話もあちこちにあるが、犬が人間には見えない地下の水源を察知する霊力をもつということは、古代の人々にとって驚異であった。(中略)。犬が地下水を発見する霊力をもっていることが、地下の冥界の導犬という観念を生んだものと思う(後略、p.167)。

 これは、犬をトーテムとする伝承のある宮古島への手がかりになる。

『地下他界―蒼き神々の系譜』


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