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2015/03/30

「日本の先史仮面」(春成秀爾)

 春成秀爾は、顔につける仮面(マスク)以外に、マスケットとマスコイドを区別している。

 マスケット:シャマンや戦士が胸につける小型の仮面。
 マスコイド:木偶・神像・楯や縁起ものの壁掛・福箕など人ではなく器物に取り付ける仮面。神社や霊堂に安置したり、建物の破風や柱を飾る大型の仮面。

 縄文の古い時期にはマスクとしての仮面はまだ知られていない。最古例は、約5000年前、土器の胴に立体表現したマスコイド。独立した仮面は、約4500年前(後期始め)、大きなイタホガキの殻で作ったもの(28、高さ20cm、幅14cm、熊本)。マスケットに分類されるだろう、としている。

 約3800年前(後期後半)、東北南部から四国までの範囲で土製の仮面が現れる。約3500年前(後期中頃)以降になると、分布の中心は仙台湾岸に移り、やがて晩期には、ほとんど東北地方のみに分布するように変わる。約2600年前をもって本州では仮面がなくなる。北海道ママチの例(1)は、北海道で唯一の仮面で、約2400年前(晩期後半)。

 これまでに見つかった縄文時代の仮面は、120個たらずであまりに少なく、分布も東日本に偏る。

 北海道ママチの土製仮面は、墓地に立てた祖先像だったのではないだろうか。「縄文時代には、頭まで木で作った祖先像が立っていたことを想像したい」。「鼻曲がり仮面」は、縄文晩期中頃の青森・岩手の両県のみに分布している。鼻と口が曲がっているのは、シャマンが神がかりして顔面神経が痙攣いしたその瞬間の表情をあらわしているとする説がある。

 仮面をつけた土偶は少なくない。これは、女が仮面をつけていた事実、祭り、儀礼の場に女系の祖先が臨席したことを物語っているだろう(春成)。

 弥生時代、1、2世紀、壺形土器の胴部には、線刻画があらわれる。これらの線刻画では入墨の表現が顕著。

 設楽博己は、「イレズミの起源」(『人と社会―人骨情報と社会組織』)で、線刻表現の系統が縄文土偶にまでたどれることから、縄文時代に顔へのイレズミの習俗があったことを推定している。設楽がたどれるとしている鯨面土偶は、縄文晩期後半のものだ。

 はっきりしないことは多いが、少なくとも縄文時代のどこかでは、霊魂が身体の衣裳であるという段階まで、霊魂思考は進展していたことが分かる。

『縄文社会論究』

『人と社会―人骨情報と社会組織 (縄文時代の考古学)』

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