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2015/03/14

『南嶋入墨考』(小原一夫)

 小原一夫は、琉球弧の女性が両手の甲に施した入墨について、その意味を探っている(『南嶋入墨考』)。


Amamu


 小原はまず、右手に描かれる茎上突起道文様の「+」、「×」(上図1~12)について、柳田國男の「阿也都古考」を引いて、「火の神の保護のしるし」であることから魔除けを意味すると捉えている。また、「+」、「×」は全島を通じて手指背第一関節部にも描かれている。

 では、右手の茎上突起道文様は何か(上図13~23)。

 13:沖縄島
 14:奄美大島
 15:八重山
 16:与論島
 17:与那国島
 18:喜界島
 19:喜界島
 20:沖永良部島
 21:沖永良部島
 22:奄美大島
 23:奄美大島

 小原はこれらが同一のモチーフに基づき、「「アマム」の意味する「ヤドカリ」をシンボライズしたのではあるまいか」と考えている。

 老婆たちは、その背に巻貝を負った「ヤドカリ」の文様をなでながら、この「ヤドカリ」から、われわれは産れてきたもので、これは我々の先祖のしるしであると語った(後略)。

 これはもうその通りだと思う。ニ十世紀になっても、トーテム的感覚を証言として聴けたのも貴重なことだ。われらアマムの子、なのだ。

 入墨について歌われた歌詞も、小原は採録している。

 夫欲しさもひととき/妻欲しさもひととき/彩入墨欲しさは/命かぎり(沖永良部島)

 銭はあっても/あの世まで持っては行けぬ/わたしの手にある入墨は/あの世までも(糸満)

 入墨が、現世と他界に連綿とするものと考えられているのが分かる。

 民話では、大和の人が若い女をもらいにくるという時に、彼らの嫌いな入墨を入れて難を逃れたという由来譚が語られたりしている。これは近代になれば、大和へ行けない足かせとして嘆かれることになるが、入墨が琉球弧の証としてどっしり腰を据えた時代があったのだ。

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