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2015/03/26

『老人と子供の考古学』

 山田康弘は、『老人と子供の考古学』のなかで、縄文的死生観は「回帰・再生・循環」であったと書いている。

 そして一方で、後半期には、系譜的死生観(自身の歴史的立ち位置を時間軸に対して直線的に理解するという死生観)が成立していた。

 縄文時代後期初頭の関東地方では、多数合葬・複葬が行われた例がある。これは、

集落が新規に開設される際に、伝統的な血縁関係者同士の墓をいったん棄却し、異なる血縁の人々と同じ墓に再埋葬することによって、生前の関係性を撤廃し新規に関係性を再構築するものであり、集団構造を直接的な血縁関係に基づくものから地縁的な関係性に基づくものへと再構成させるものであった。

 これが祖霊崇拝となり、そのなかで、系譜的死生観も生まれた。

 この流れを自分なりの言い方に置き直してみる。縄文時代には、既に、霊魂思考が駆動し、生と死はひとつなぎの段階から、つながりの段階への移行が始まっている。したがって、山田のいうように、「回帰・再生・循環」では無くなりつつあるのだ。永遠の現在のなかでの再生ではなくなり、「回帰・再生・循環」は原理ではなく、祈願になりつつあった。それは同時に、人間の自然からの疎隔化に対応しており、死が生とひとつなぎではなくなったところから、人間と自然を切り離して考え、人間のなかの時間的な累積に価値が置かれるようになったとき、祖霊崇拝への道筋が見えてくる。だから、山田の挙げている二つの死生観は、「大きく異なる」とはいえ、霊魂思考の駆動という同じ流れのなかで位置づけられるものだ。

 山田は、昨今の「自然葬」のニーズの高まりに対し、縄文的死生観の復権を見ている。


『老人と子供の考古学』

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