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2015/03/02

屋内祭祀と石棒

 縄文時代の屋内祭祀と石棒についての論考を見てみよう。

 まず、山本暉久の「屋内祭祀の性格」。

 1.居住時点の屋内祭祀。

 1)石柱・石壇をもつ住居址

 石柱は、石棒とは異なり、人為的な加工は施されない。中期後葉期に認められる。「居住成員の祖霊を祭る役割や豊饒を祈願する祭りの対象とされたものと思われる」。

 2)埋甕-幼児埋葬から儀器へ

 埋甕は、住居の出入口に埋設された特異な施設。有力な説は、「胎盤収納あるいは幼児埋葬」。妊娠・朱さんにともなうきわめて女性的な儀礼行為の産物であったという認識は一致している。盛行したのは中期後葉期で、石柱・石壇施設の構築とほぼ同時期。

 後期初頭に屋外埋甕となるが、これは幼児埋葬が屋内から屋外へ転化し、「本来的な幼児埋葬用途から逸脱し、妊娠・再生にかかわる呪術的・祭祀的な容器・施設-場へと変質した」。

 3)石棒祭祀-炉辺部樹立石棒

 屋内埋甕と同様な軌跡を辿っている。「火との深い関わりにおいて石囲炉の一角に石棒が樹立・設置されたことは間違いないのであ」る。「石柱・石壇に石棒をほとんど転用しないことを考えると、両者の間には祭祀の違いがうかがわれる」。

 2.住居廃絶にともない屋内祭祀-廃屋儀礼

 1)吹上パターン現象と廃屋墓

 吹上パターン現象というのは、住居址覆土中から多量の完形ないし、それに近い土器群が出土する現象。「縄文時代の住居が、人為的な埋没、すなわち、「埋め戻し」という行為によって埋没された可能性」がある。

 「住居内の死者が生じ、そのままその中に埋葬して若干の土をかけ、更にその上に生前使用していた土器や石器類を盛って、他の家族は退去したのだろう」。「埋葬のため(忌避廃屋)」(大場盤雄)。

 廃絶住居内に遺体を埋葬した、いわゆる「廃屋墓」は、縄文時代の独特な墓制として知られている」。

 2)床面倒置土器-廃屋墓との関わり

 埋葬遺体の頭部に土器を倒置させて被せた「甕被葬」。

 3)石棒祭祀と廃屋儀礼

 「廃屋儀礼にともなう火入れ行為と石棒祭祀の結び付きが強い」。「住居を捨てるにあたって、家を火により浄化させる意識があったものと考えられよう」。

 4)環礫方形配石と周堤礫-縄文後期の廃屋儀礼

 住居の廃絶過程の儀礼的行為として、環礫方形配石と火入れ行為が行なわれた可能性が考えられる。

 居住時点での屋内祭祀事例に共通するのは、中期後葉・加曾利E式期に集中的に認められる。「中期終末期の柄鏡形(敷石)住居の出現とともに、屋内祭祀は変質し、廃屋儀礼と配石施設の構築に端的なように、集落構成員全体に関わる共同祭祀としての屋外祭祀主体へと変化を遂げる」。個別住居成員祭祀から共同祭祀への転化」。

 屋内での幼児埋葬や廃屋墓は古代琉球弧の習俗からも理解しやすい。屋内祭祀から共同祭祀への転化を縄文中期後葉とする視点も参考になる。ぼくたちの観点からは、これは生者が住居を去るのではなく、死者が住居を去る段階に対応させることができるだろうか。

 ところで、石棒については、鈴木素行が別のことを書いている(「石棒」)。

 石棒は、炉辺部に「樹立」と表現されるが、完形の状態の石棒は、「隔離」「埋没」「燃焼」「破砕」の状態で検出されるものがほとんどで、「樹立」を復元できる事例はない。

 「樹立」を認めず、「隔離」「埋没」「燃焼」「破砕」の状態を認めることから、大型石棒は短期の祭儀のために準備され、祭儀の終了にともない処分されたことを考える。(中略)。準備することの価値を損なわず維持しつづけるために、「隔離」「埋没」「燃焼」「破砕」が実行された。次の祭儀には、また新たな大型石棒を準備することが要求されるのである。「燃焼」は燃え上がる炎に劇的な効果が期待されることから、祭儀の装置としての役目を果たし終えたことを目撃し、大型石棒自体には「燃焼」「破砕」による廃棄の刻印が押されることになる。変色し分割された破片は、もとは大型石棒であっても非なるものとして扱われ、他の施設(たとえば、石柱-引用者)あるいは道具の材料に転用されている。

 それでは、石棒は何に使われたのか。鈴木は、婚姻の儀礼を想定している。「大型石棒の準備を、当事者の男性に課せられた婚入の道具立てとも見ておきたい。「大型石棒は、婚儀の場でのみ披露される。抱えもちながらの舞踏があったと見るのは想像にすぎるだろうか」。

祭儀は厳粛なものであったかもしれない。しかし、祭儀の場面を想像していると、大型石棒を腰に当てた偉容を褒めそやす掛け声、重さに耐え切れずによろけた姿を叱咤する掛け声、そして、掛け声に反応して沸き上がる笑い声が聞こえてくるのである。

 これは魅力的な説だと思う。住居に奥に男根を模した石棒があったと考えるより、リアリティが感じられる。


『心と信仰―宗教的観念と社会秩序 (縄文時代の考古学)』


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