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2015/03/19

「ウォーラシア海域からみた琉球列島における先史人類と海洋適応」

 ウォーラシア海域は、アジア(東南アジア)とオセアニアの境界に位置する空間。更新世代には、「東南アジアでは、現在のマレー半島やスマトラ島、ジャワ島、ボルネオ島が陸続きとなってスンダ大陸を形成する一方、オセアニアではニューギニア島とオーストラリア大陸が合体してサフル大陸を形成していた」。

 4~3万年前頃までには、ウォーラシア海域中に人類が移住した可能性が明らかになっている。

「更新世後期に移住した新人集団は、現在のオーストラリアに暮らすアボリジニやニューギニア島民の祖先に当たるオーストラロ・メラネシア系の人々と考えられている。興味深いことに、これまで日本で発見された最古の完全人骨とされ、1万8000年前頃の年代値が得られている沖縄の港川人骨もオーストラロ・メラネシア系の人々に形態的に近いという指摘もあ」る。

 ウォーラシア海域における新石器時代の開始の時期は、現在のところ約3500年前頃と考えられている。生業における特徴は、農耕や家畜飼育の実践。ただし、ニューギニアでは9000年前頃の灌漑農耕も推測されているから、何らかの形での農耕や植物栽培は行なわれていた可能性もある。

 メラネシアでは、3300年前頃、ラピタ土器がビスマルク諸島に突然、出現し、その後約100年間でソロモン諸島を越え、それまでは人類未踏だったヴァヌアツやフィジーらの島を経由し、ポリネシアの西部に位置するサモアやトンガまで広がったことが明らかになっている。これは直線距離4000kmにも及ぶ。ラピタ集団はポリネシア人の祖先とも言われている。

 ラピタ集団はオーストロネシア語族に属する。オーストロネシア語族は、台湾を起源とし、東南アジア島嶼部を経由してオセアニアへ拡散したとする移動仮説が、げんざい最も支持されている。ラピタ集団の漁撈活動は、サンゴ礁の発達した沿岸で行なわれ、出土する魚骨の90%以上が沿岸魚種のもので占められている。

 小野林太郎は、「ウォーラシア海域からみた琉球列島における先史人類と海洋適応」において、上記のあとに琉球弧を検討している。

 琉球弧でもっとも古い人類の痕跡は、山下町洞穴遺跡で、約32,000年前の人骨。

 沖縄本島の場合、もっとも可能性があるのは九州方面からの移住。最終氷期においては、九州南端からのトカラ海峡の40kmはより短かった可能性が高い。

 石垣島の白保竿根田遺跡の人骨は、約24,000年前までさかのぼる。宮古島のピンザアブ洞穴遺跡は26,000年前。

 台湾から八重山への渡海は黒潮を考えると容易ではない。台湾を出発点と考えると、西表・石垣島まで直線距離約120km、与那国島からは約50km。与那国島を経由しなくても、台湾から西表・石垣島へ直接、渡海した可能性もある。

 また、宮古島は、距離を考えると、石垣島(約80km)経由で行なわれた可能性が高い。


 メモ。崎山理は、オーストロネシア語族の最初の北上を6000年前と想定していた。それと比べると、ウォーラシア海域の新石器時代の開始の3500年前とはギャップがある。この違いの意味は、今のところ分からない。ラピタ集団の活躍は面白い。彼らがオーストロネシア語族であれば、日本とポリネシアをつなぐ鍵を握っているかもしれない。とにかく、3~2万年前には、琉球弧に北からも南からも人類が到達していたのだと思う。


『琉球列島先史・原史時代における環境と文化の変遷に関する実証的研究: 研究論文集』


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