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2015/03/24

『縄文の思考』

 土器は煮炊き料理を可能にした。けれど、料理を竪穴式住居の炉で行った形跡はない。食事は戸外でしたらしい。屋内の炉は、「灯かりとりでも、暖房用でも、調理用でもなかった」。そうなると、火をともし続けることに意味が見出されていたと考えるしかない。

炉の火は体を暖めるものではなく、心を暖め、目に灯かりをもたらすものではなく、心の目印となるのである。だからこそ、炉は、住居の存在を保障し、やがて家=イエ観念と結びつくに至るのだ。炉に石棒を立てる理由もここにある。(小林達雄『縄文の思考』

 ここに「火の神」の淵源を見ることができるのかもしれない。また、「家=イエ観念」と言わないまでも、対幻想が独自の位相を持つのに、定住化が契機となると考えることができる。

 富山県鉢伏山の頂上付近から縄文土器が発見されている。西井龍偽は、

標高五〇〇メートルの山頂部での居住がなされたとは考えにくい。付近でみられる縄文時代の遺物とは時代背景、社会環境が異なるといわざるをえない。(中略)鉢伏山そのものが山麓の人々から崇められたとみたい。山頂部の古代遺跡はそうした人々の畏敬のこもった奉賽品

 と見なし、著者の小林は傾聴に値すると書いている。

 これはぼくもそう思う。この、縄文の山岳信仰は、琉球弧では、山(タケ)由来の名称を持つ、御嶽に連結された。ただし、山が迫っているとは限らない琉球弧では、連結の対象となるのは、山または海だった。


『縄文の思考』

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